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スリランカ(3) - 政治危機2022.05.17


 スリランカでは、通貨危機(currency crisis)が深刻な経済危機(economic crisis)へと発展し、市民の抗議デモの拡大で、今では政治危機(political crisis)に発展しています。

 先週、反対派と(首相が収集した)政府支持派が衝突し、9人の死者を含む多数の死傷者が出たことで、やっと(兄の)首相が辞任しました。しかし、市民は(弟の)大統領の辞任も求めています。4月には、辞任の噂が流れたのですが、結局は(首相の息子や甥を含む)閣僚が辞任しただけで、大統領と首相は留任しました。

 首相の任命権は大統領にあり、新たに任命されたのは、これまで首相を5回務めた古株で、市民の間には落胆の声が聞かれます。他の候補者と違い、首相就任にあたって大統領の辞任を求めなかったそうで、大統領の弾劾などラージャパクサ一家に不利なことはしない点が買われたようです。また、新首相は、前回の国会選挙で落選し(自分だけでなく、率いる党の全員が落選)、比例選挙で復活しており、国民の信頼を得なかった人が就任したということでもあります。

一族による国政支配


 先週、辞任したマヒンダ・ラージャパクサ前首相を2019年に任命したのは、弟のゴタバヤ大統領です。マヒンダ前首相は、1970年に国会に初当選した後、 1990年代から頭角を現し、2005年に国民による直接選挙で大統領に選ばれました。

 2009年に26年続いた内戦を終結させたことを(シンハラ系国民に)買われ、同氏は2010年に大統領に再任されました(地元の選挙区は息子が継いだ)。2015年の大統領選では敗れたものの、2018年に首相に任命されました。

 マヒンダ首相は、国会による二度の不信任投票などがあり、2018年に辞職しましたが、2019年に大統領である弟(ゴタバヤ)に任命され、再度、首相に就任しました。(つまり、兄のマヒンダは、2005年から大統領~大臣~首相と、ずっと権力の座にいる。)

 なお、兄弟が大統領と首相に就任した国は、世界で、ポーランドとスリランカの二国だけだそうです。

私も、あちこちで「ラージャパクサ一族」の名前が出てくるので、「あれ、スリランカって、君主制だっけ?」と思ったくらいです。 

 2019年に大統領となったゴタバヤは、兄を首相に任命しただけでなく、弟二人や甥二人など一族7人を政権の主要ポストに就けました。弟の一人は、経済開発大臣時代に汚職で捕まっていますが、昨年、財務大臣を務めました。

 ゴタバヤ現大統領は、元々、軍人で、早期退役後、IT業界に就職し、1998年にアメリカに渡りました。その後、アメリカの市民権(国籍)を取得しましたが、2005年に、兄マヒンダの大統領選を手伝うために帰国しました。大統領となった兄の下で、国防次官を務め、26年に及んだ内戦を終結した立役者と見なされています(シンハラ系の間では。タミル系にとっては虐殺者。)

 2009年には、政府の汚職を暴こうとしていたジャーナリストが暗殺され、その背後にいるのが当時、防衛大臣だったゴタバヤ現大統領であると言われているのに、そんな人を大統領に選ぶ国民って…  スリランカの内情を知れば知るほど、ネット住民が言った「我々は自ら制裁を科した(We sanctioned ourselves)というのは的を射ていると思います。(2015年にマヒンダ大統領就任後も、タミル系だけでなく、政府に盾をつくシンハラ系市民も、軍によって誘拐、拷問、殺害などが行なわれた。)

 なお、大統領や国会議員になるにはスリランカ国籍であることが条件であるため、ゴタバヤ大統領は、2019年の大統領就任時、アメリカ国籍を離脱しました。(つまり、国防次官時代はアメリカ市民だった!)
 

 2020年の国会選挙でラージャパクサ兄弟が率いる党が大勝したことから、国会で第20次憲法改正が通過したのですが、2015年の第19次改正で、(1978年から続いた)大統領の憲法上の権限を大幅に削減したものを元に戻すというものでした。第19次改正で初めて、スリランカでは行執政権が大統領と閣僚の間で均等に分割されることになったのですが、それが撤回され、また大統領に権限が集中するようになったということです。

長年にわたる失政


 2019年、大統領就任後、ゴタ大統領は、大統領選の公約だった減税を実施し(付加価値税を15%から8%に)、元々少なかった税収が、さらに3割減となりました。

 さらに、2021年4月、コロナ禍の真っただ中で、大統領は、やはり公約であった化学肥料の輸入禁止、有機農業への移行を実施しました。「スリランカは世界で初めて化学肥料を使わない国になる」と高らかにうたったものの、米の収穫は半年で2割減り、それまで自給自足できていた米まで輸入に頼らざるを得なくなりました。これが、今の食糧不足の一因ともなっています。

 ただし、同政府の対外債務(external debt)は、最近、始まったものではなく、2005年、兄のマヒンダが大統領に就任してから、増え続けています。その頃から、政府はインフラ開発のために、大量の国債を発行するようになり(高速道路は先進国並みに立派)、対外債務は、5年で倍、10年で4倍に膨らみました。

 そのインフラ投資も、産業の育成につながっておらず、同国の主要産業は農業、繊維製造業、観光業です。2019年に、スリランカは世界銀行によって高中位所得国に格上げされたものの、2020年には低中位所得国に戻っています。
 

 また、一族は政府の資金を私的に利用しており、海外に隠し財産があるというのがもっぱらの噂です。ネットコミュニティでも、息子を含め、一族のセレブな生活が写真入りで、よく紹介されています。

 先週、辞任したマヒンダ前首相は、東部の海軍基地(内戦時にタミル系市民を拷問したところ)に逃げ込み、私は「このまま、海軍の力を借りて海外に逃亡するのではないか?」と思ったのですが、先週、司法長官が、前首相と国会議員である息子、他の議員15人に対し、海外渡航を禁止しました。先週、支持派を集めて反対派を襲わせたマリンダ前首相とその側近を捜査するためです。

今後


 3000字ほどで、スリランカの政治(の闇?)を説明できるとは思っていませんが、同国の政治がかなり腐敗しているのは、わかっていただけたと思います。

 私がスリランカにいた2月には、どんどん悪化する経済危機の中、ネットコミュニティで若者たちが政府のことを愚痴りまくっていました。「ネット上でだけ威勢がよく、何の行動にも出ないkeyboard warriorどもが...」と思っていたのですが、その後、抗議デモを呼びかける若者が出てきました。

 一部の若いネット民が「このチャンスを逃したら、もう国の改革はできない」と言っていますが、私も、このチャンスを逃したら、スリランカの未来は暗いままだと思います。その被害を一番受けるのが若者であり、彼らが改革の担い手となってくれるのを祈るばかりです。

 

 週末、新首相は、日本を含む19ヵ国の大使と面会し、コンソーシアムを設けて、スリランカを経済危機から救う手伝いをしてほしいと依頼したようです。実際にコンソーシアムができるかどうかは知りませんが、日本も、何らかの形で手を差し伸べることは間違いないでしょう。

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この記事の筆者

有元美津世

大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米30年の後、東南アジアをノマド中。訪問した国は70ヵ国以上。
著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』『プレゼンの英語』『ビジネスに対応 英語でソーシャルメディア』『英語でTwitter!』(ジャパンタイムズ)、『ロジカル・イングリッシュ』(ダイヤモンド)、『英語でもっとSNS!どんどん書き込む英語表現』(語研)など30冊。

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