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タカシの外資系物語

女性のキャリア戦略-R 子さんの場合 ( その 1 )2009.06.23

「あら ! タカシくんじゃない ? 」
先日、東京駅を歩いていると、見るからにキャリア・ウーマン風の、やたら元気な女性に声をかけられました。


「お、R 子さんじゃないですか。これはこれは・・・ ご無沙汰しています・・・」
R子 さん、銀行員時代にお世話になった先輩です。私が銀行を辞めて、最初の外資系コンサルに転職したとき以来ですから、もうかれこれ 12 – 3 年ぶりでしょうか。


R子さん 「ひさしぶりぃー ! 元気だった ? どうしてんのよ、今 ? 」
私 「いや、まぁ、ぼちぼち・・・ ははは・・・」

え ? なんか、元気ないじゃねぇか、って ? いやいや、私が元気ないんじゃなくて、 R 子さんが元気すぎて、相対的に元気ないように見えてるだけっす (パワーの「相対性理論」) 。そのぐらい、元気でパワフルな人なんですな、この R 子さんって人は・・・


R子さん 「今日はちょっと忙しいから、気が向いたら、また連絡ちょうだい ! はい、これ名刺 ! じゃねー !! 」
なんやねん一体、この人は・・・ 唖然とする私を尻目に、 R 子さんは私の名刺を受け取ることもなく、みるみるうちに駅の雑踏に消えていきました。


「んったくぅ・・・ 全然変わってないな、あの人・・・。で、どこに勤めてんのかな、と・・・」


―――  ××システムサービス 執行役員 システム部長 ○○R子


「い ?! し、執行役員ってかーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ ! 」 


今回のコラムでは、R子さんを事例に、「女性と外資系」についてお話したいと思います。


さて、R子さんからもらった名刺には、「××システムサービス 執行役員 システム部長」とありました。実はこの「××システムサービス」、おそらく読者のみなさん全員が知っているであろう超有名な外資系メーカーのシステム子会社です。R子さん、一体いつの間に、こんな出世を遂げたのでしょうか?

R子さん “憧れの的” 時代

R子さんと初めて会ったのは、私が銀行に入社して間もない頃でした。当時私は、システム部で外国為替のディーリング・システム(為替のディーラーが取引を実施したり、分析したりするシステム)の開発を担当していました。R子さんは、ディーリング部門の花形ディーラーでして、開発担当の私としては、「強面のエンドユーザー(システムを使う人)」といったところ。来る日も来る日も、怒られていたような気がします。


R子さんはディーリング業界ではかなり有名だったようで、私と同期の女性たちも「R子さんのようになりたい!」と言っていたように思います。R子さんは外大卒の英語ペラペラで、おまけに仕事もよくできたわけで、女性ならず男性にとっても、憧れの的でした。おまけに、ご主人も他の銀行でディーラーをされているとのことでした。


しばらくして、R子さんがロンドン支店に転勤になるという人事異動が発表されました。そのとき、ちょうど私はシンガポール支店に長期出張しており、シンガポールから東京のR子さんにお祝いの電話をいれたことを覚えています。


私 「あ、R子さんですか ? タカシです。今、シンガポールにいるんで、電話で失礼します・・・ ロンドンに転勤ですかぁ ? 羨ましいなぁ・・・」
R子さん 「どーも、ありがと ! 旦那も同じタイミングで転勤なのよ、ビックリしちゃった ! 」
私 「え ? 旦那さんもロンドンですか ? すごいっすね・・・」
R子さん 「ううん、旦那の方はニューヨークよ ! 」
な、な、何とねーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ !  夫婦でロンドンとニューヨーク、トレンディ・ドラマ(古い ! )か、あんたらは !  それよりも何よりも、その状況をさらりと受け入れてるところが、スゴイやないかーーーーーーーーーーーっ ! 

R子さん との 再会

私は海外支店のシステムも担当していた関係で、転勤後も R 子さんには色々とお世話になっていました。その後しばらくして、 R 子さんが産休で休職するという話を耳にしました。


「いろいろな意味で忙しい人だなぁ・・・」

その年のクリスマスには、まんまるとした赤ちゃんと一緒に、 R 子さんと旦那さんが写ったクリスマスカードをもらったように記憶しています。


それから半年もたっていないある日、いつものようにシステム部のオフィスに入ろうとすると、どこかで見たような顔とすれ違いました。


「あら ! タカシくんじゃない ? 」  ( R 子さん ? こんなとこで、何してるの ? )
「お、R子さんじゃないですか。これはこれは・・・ ご無沙汰しています・・・」
R子さん 「ひさしぶりぃー ! 元気だった ? どうしてんのよ、今 ? 」  (見りゃわかるだろ・・・ 相変わらず、システム部のままですよ ! )
私 「いや、まぁ、ぼちぼち・・・ ははは・・・」


そこにいるのは、産休が明けて、職場に復帰した R 子さんでした。

 

私 「あ、クリスマスカード、ありがとうございました ! 旦那さんも、東京にお戻りなんですか ? 」
R子さん 「何言ってんのよ、旦那はまだ、ニューヨークにいるわ ! 」

(なんと、赤ちゃんと 2 人だけで東京に戻ったのか・・・ やっぱりスゲェな、この人・・・)
私 「それにしても、わざわざシステム部に来ていただかなくても、私の方からご挨拶に伺ったのにぃ・・・ 気遣わせて、すみません」
R子さん 「いいのいいの、"同僚" なんだから、気にしないで・・・」

( "同僚" ? )

 

「ちょっとみんな、集まってくれるかな」 突然、課長が大声で、私をはじめ、メンバーを招集しました。 「どうしたんだろ ? 」


課長 「みんなも知っての通り、為替ディーラーとして東京・ロンドンで活躍された R 子さんが、本店に復帰されることになった」
(ふむふむ・・・)
課長 「来週から、システム部員としてわがチームに所属することになったので、よろしく ! 」
(ふむふむ・・・・・・って、にゃんですとーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ ! )
R子さん 「心機一転、頑張りますので、よろしくお願いしまーーす!★」  (な、なんちゅう人や・・・)


実はこの背後には、 R 子さんなりの練りに練られた 「キャリア戦略」 があったわけですが、この段階では全く気付く由もなかったわけです。果たして、その戦略とは ? 
(次回続く)

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

「タカシの外資系物語」の作者、奈良タカシさんへメッセージをお寄せください。

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