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タカシの外資系物語

外資の “辞任表明演説” ( その 1 )2007.09.18

外資トップの辞任表明演説はない ?

先日、安倍首相が突然の辞任を表明しました。「無責任だ ! 」「おぼっちゃんだ ! 」という非難に対しては、私もその通りだと思います。体調の問題をはじめ、報道には出ていない何らかの事情があるにせよ、一国の首長たる総理大臣としては、もう少しマシな対応があったように思います。 


今回の件に対するコメントの中に、「企業なら、こんなことはありえない」というのがありました。ま、確かに、「社長引き受けてみたら、すんごい大変なんで、もう辞めまーす。すんましぇーーん … (T-T) 」 などという感じで、辞任を表明する社長さんなど聞いたことがありません。しかし、企業の場合にも、やっぱりダメ社長はいるわけでして、そんな社長がクビになるケースは頻繁にあります。企業においては、そんな場合に、「私はダメ社長なので辞めまーす。すんましぇーーん … (T-T) 」 とは言わせないわけです。つまり、今回の安倍首相の辞任表明で驚くべき点は、安倍首相のダメさ加減というよりは、そんなダメ首相を総裁として認め続けた自民党という組織そのものにあるように思います。 


さて、外資系企業におけるトップの辞任表明とは、どのようなものなのでしょうか。私はかれこれ、10 年以上外資に勤めており、その間に 5 回の社長交代を経験しました。その内訳は、以下の通りです。 

( 1 ) いわゆる任期 ( 契約 ) 満了。契約を更新するほどの実績が出せなかった … 3 回

( 2 ) いわゆる解任 ( クビ ) 。実績が出ないどころか、悪化した … 2 回 


( 1 ) ( 2 ) に共通していたのは、社長が辞める際に、「社員のみなさん、長い間、ありがとう ! 」みたいな挨拶やメールは、ほとんどなかったということです。外資をクビになる社長というのは、日本企業のように、会長や顧問のような肩書きで残るわけではなく、本当にクビになって、どこかに行ってしまいます。もはや、会社や社員とは何の関係もないわけですから、「今までありがとー ! 」と言われたところで、だからどうなんだ ! ということになってしまうのです。よって、私は外資トップの「辞任表明演説」というのを、聞いたことがありません。 


一方で、社長以外のトップ、例えば部門リーダーや大規模プロジェクトの PM クラスで、そのポストを辞任した後も、引き続き会社に残るような場合には、「辞任表明演説」をする場合もあります。実は私も、ある大規模プロジェクトの PM をやめる際に、辞任表明演説をした ( 実際には、させられた ) ことがあります。しかし、結果的には、その辞任表明演説の数日後には、私は会社を辞める決意を固めていました、今回のコラムでは、そのときのお話をしたいと思います。 

過酷なプロジェクト、始まる !

私が前職の外資コンサルティング会社にいた頃、今からちょうど 6 年前のことです。私は当時も、今と同様に、金融機関向けに IT コンサルティングをやっていたのですが、ある日社長に呼び出されて、このように言われたのです。 


社長 「タカシ、○○社に ERP (※) を入れて来い。これは、特命事項だ ! 」 ( ※ 企業の基幹業務パッケージ・ソフト。 SAP などが有名 ) 


私 「えっ ? ○○社って、金融じゃないし ・・・ それに、ERP もほとんど知らないんすけど … 」 


社長 「そんなの関係ない ! だから、特命だって言ってんだろーが、つべこべ言うな ! 」 


私 「は、はぁ ・・・ 」 


社長特命事項として、このプロジェクトに集められたのは、私以外に 3 人いました。カズノリ、イチロー、トシユキ、そして私 ・・・ 。私以外のメンバーは、○○社と同じ業界経験のある者や ERP パッケージにも、それなりに詳しかったのですが、彼らよりももっと詳しい連中は社内にたくさんいました。 


カズノリ 「どうして、われわれが選ばれたんですかね ? 」 


社長 「今回のプロジェクトは、かなりタフなものになるから ・・・ 若くて、元気なやつを選んだんだよ ! 」 


社長に呼ばれて1週間後のこと。具体的なプロジェクト体制が組成されました。メンバーは総勢100 名、近年稀に見る大規模プロジェクトです。プロジェクト・マネージャーはカズノリ、 PMO ( プロジェクト・マネジメント・オフィス = 企画や進捗管理を行う ) はイチロー、会計チームのリーダーにはトシユキが就任しました。私は、総勢 40 人と最も人数の多い、営業チームのリーダーを担当することになりました。 


プロジェクトのキックオフ・ミーティングにおいて、社長からは「このプロジェクトは、わが社の社運をかけたプロジェクトである」旨の話がありました。私は、「われわれリーダーは絶対に逃げないから、信じて付いてきて欲しい」と話したように記憶しています。実はこの段階から、上層部にはかなりの悲壮感が漂っていました。

メンバーが倒れ始める !

なぜ、プロジェクト当初から悲壮感が漂っていたのか。それは、このプロジェクトの経緯が物語っていました。実はこのプロジェクト、同業の外資コンサルである A 社から引き継いだものだったのです。つまり、 A 社のプロジェクトが破綻し、代わりに入ったのがわが社だったのです。 


こう言っちゃなんですが、わが社も A 社も、それほど大きな差があるとは思えないわけでして、つまり A 社ができなかったプロジェクトをわが社がうまくできる保証はほとんどないわけです。その証拠に、 A 社の代わりのコンサル会社を決める入札には、わが社以外にも、 B 社や C 社も応札してきましたが、結局はわが社しか残りませんでした。不戦勝でわが社の勝ち。みんな、恐くて引いたというわけです。 


実際に、プロジェクトは過酷を極めました。クライアントである○○社は、わが国有数の企業で、その事業内容は多岐に渡ります。その業務プロセス全てを、標準的なパッケージ・ソフトに落とし込もうとしたのですが、そう簡単には行きません。全ての業務プロセスのうち、パッケージで対応可能な割合は 20% 。目標である 50% には、到底及びません。同業の A 社が尻尾を巻いて逃げてしまったのも、無理もない状況です。 


カズノリ 「どうして、こんなことになるんだ ! ERP パッケージが想定しているプロセスと、○○社のプロセスが、それほど大きく異なるとは思えないんだが … 」 


イチロー 「最大の理由は、○○社が些細な部分にこだわって、標準的なプロセスを採用できないところにあるんだろう。もちろん、そのように誘導できない、われわれコンサル側にも責任はあるんだろうが … 」 


トシユキ 「 … そんなことより、メンバーが次々に倒れ始めている。会計チームでは、 20 人中 4 人が、疲労が原因で休んでいる … そろそろもたなくなってきてるぞ ! 」 


わが営業チームでは、 40 人中 7 人が倒れていました。主な原因は、無理な徹夜と過度なストレスでした。 


カズユキ 「タカシのところはどうだ ? 無理そうか … 」 


タカシ 「うちも似たようなもんだけど … もうちょっと頑張ってみよう。われわれリーダーが弱気になっちゃダメだ ! 」 


カズユキ 「そ、それもそうだな … 」 


しかし、事態は一向に好転しませんでした。プロジェクトが開始してから 4 ヶ月後、営業チーム 40 人中 10 人目が倒れたという連絡が入った日の午後、われわれリーダー 4 名は、社長から呼び出されました。 

「緊急に話したいことがあるので、 4 人揃って集合するように … 」 

( 次回続く )

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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