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タカシの外資系物語

株式誤発注について2005.12.13

あらら、やっちゃったかぁ ・・・

先日、日系の某証券会社による前代未聞の「株式誤発注」が起こったことは、みなさんもご存知だと思います。これによって、この証券会社はわずか 16 分ほどの間に数百億円もの損失を発生させたばかりでなく、株式市場そのものに大きな混乱を与えることになりました。


「誤発注」の経緯は、次のようなものです。この証券会社は顧客である投資家から、ある企業の株式の売り注文を受けました。担当者はシステムに注文を入力する際、「 1株 61 万円で 1 株を売りたい」とすべきところを、誤って「 1 株 1 円で 61 万株を売りたい」という注文を出してしまいました。このとき、システムの画面には異常な注文内容を警告する画面が表示されたようですが、担当者はそれに気付かなかったようです。担当者は数分後に誤りに気付き、取引取り消しの処理を行なったものの、時すでに遅し ・・・ この証券会社が出した「破格」の売り注文のすべてに、当然のごとく、投資家は買いの注文を入れ、大半の取引が成立してしまったのです。


私がこのニュースを聞いた印象は、「あらら、やっちゃったかぁ ・・・ かわいそうに ・・・ 」というものでした。というのは、私も銀行員時代に債券 ( 主に日本国債 ) のディーリングをやっており、今回ほどではないにしても、これと同様に「ヒヤッ」とした経験は何度もしています。あるときなどは、「the quarter(4 分の 1、この場合金利 0.0025% を指す)」と「three quarters(4 分の 3、0.0075%)」を聞き違えたために、多額の損害を出したことがあります(『英語の重要性(2)(英語が必要な場面とは ?)』参照)。

「ネコふんじゃった」のシステム

では、なぜこのような単純なミスをおかしてしまうのでしょうか ? 私は1つの理由として、使わなければならないシステムが多すぎることが挙げられると思います。そもそも株式や債券、為替などのディーリング業務というのは、複数のシステムを駆使して取引を行なっています。私がディーラーだった頃は、常時 10 個程度の画面を見ながら、 5 台のキーボードに囲まれて仕事をしていました。右手と左手で、異なるキーボードに入力することなど日常茶飯事。ときには、「ネコふんじゃった ! 」のごとく、両手が交差した状態でオペレーションすることもありました。


話を戻しましょう。「 61 万円で 1 株」とすべきところを「 1 円で 61 万株」としてしまうなんて、ありえない、考えられない ・・・ という人が多いと思います。しかし、現場を経験した立場から言うと、このような間違いも十分に考えられるということです。


同じようなミスは、日本にいる外資系の証券会社でも頻繁に起こっています。今回の日系某証券会社のミスが出るまでは、誤発注の多くは外資系証券が起こしているといっても過言ではなく、そういう意味では、日系証券会社のオペレーションは、外資系に比べると間違いの少ないものだったように思います。元来大雑把な性格の私ですら、「ネコふんじゃった」状態になっても、入力ミスだけは起こしたことがありませんから、これは日本人の手先の器用さに起因しているのかもしれません。

ミスの少ない欧米システム

では、外資系証券の本国である欧米ではどうなのでしょうか ? さぞ、誤発注などのオペミスが多発しているはずだ。今回のようなミスは頻発しているはずだ ・・・ とお考えのあなた、実は欧米では今回のようなミスはほとんど発生していないのです。これはいったい、どういうことなのでしょう。


欧米の株式市場で、今回のような誤発注が起こらない理由は、「システムがチェックをかけて、入力できないようになっている」からです。つまり、誤発注データを入力したとしても、それが異常な内容である場合、だれが何と言おうと、先に進めないようにできているのです。例えば、今回と同様のオペレーションを欧米の証券取引所のシステムに入力した場合、エラーになって入力できないのです。


確かに、自ら損をしたいと願い出て、1 株 1 円で売る物好きがいるかもしれません。しかし、今回の取引が異常なのは、「価格」ではなく、「数量」にあります。今回の誤発注の対象となった企業は、発行済み株式数が 14,500 株しかなく、61 万株の「売り」が成立するのは不可能なのです。もちろん、実際に株式を持たないのに株式を売るという「空売り」という手法があるのですが、これも発行済み株式数の範囲内で行なわれるのが通常ですから、やはり14,500株以上の売りを発注した段階で、強制的な「エラー」をかけるべきだったのです。


こういう場合、欧米では「エラー」で入力できないようにしている一方、日本では「警告」を発するだけで、入力者が警告メッセージを無視するか、見逃してしまえば、処理は進んでしまうようにできています。

「まさか・・・」のレベルが甘い日本

では、どうして欧米では入力チェックが厳しく、日本は緩いのでしょうか ?


一番の理由は、欧米では「人間はミスをおかすものだ」という性悪説に立っており、日本は「人間はうまく処理するものだ」という性善説に立っているということが挙げられます。


実際に、日本人というのは、それなりの教育・訓練を受けさえすれば、処理の質は均質化します。均質化すると、「まさか、こんなミスはしないだろう ・・・ 」という基準が見えてきます。今回のミス内容は、その基準以下の「まさか ・・・ 」の部類に入るため、チェックを入れておかなかったのです。


一方、欧米は他民族国家ですから、民族間で「まさか ・・・ 」の基準が異なります。考え方が全く異なる民族同士が一緒に仕事をするわけですから、チェックの基準は、想定できる最低レベルにしておくのが手っ取り早いのです。なので、欧米のシステムは「ガチガチ」の仕様になっており、少しでも異常が感じられるような内容の場合には、処理を先に進めることができないようになっているのです。


また、欧米のシステムのチェックが厳しい理由として、「訴訟リスク」に対応していることも挙げられます。例えば、今回の誤発注騒動がアメリカで起こった場合、誤発注をした証券会社が証券取引所を訴える可能性があります。「発行済み株式数が 14,500 株しかないにもかかわらず、 61 万株の売り注文を受け付けた取引所のシステムが悪い ! 」という言い分です。日本人の感覚では、「自分のミスをたなにあげて、何言ってんだ ・・・ 逆切れかよ ・・・ 」という印象を受けるかもしれません。しかし、「人間はミスをおかすものだ。だからミスをした張本人よりも、そのミスに備えて、最大限のチェックを怠った方がより悪いのだ」という言い分が通る国なのです。このような考え方を理解せずに訴訟に負け、多額の賠償金を取られてきた日系企業の例を挙げれば、枚挙に暇がありません。


さてさて、今回の騒動で学ぶべきことは、何でしょうか ? それは、「やっぱり人間はミスをおかすものだ」ということだと思います。日本人の器用さは認めつつも、システムへのデータ入力そのものはそれほど付加価値の高いものではありません。データ入力など付加価値の比較的低い分野は、もっとガチガチのチェックをすることでリスクを軽減し、より付加価値の高いクリエイティブな分野にこそ、日本人の器用さ・創造性を発揮することが必要なのだと思います。


( ※ 注:本コラムは、2005 年 12 月 10 時点の内容をもとに、作者の意見を述べたものです )

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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