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タカシの外資系物語

再考・特許報酬について2005.01.18

青色 LED 訴訟

先日、青色 LED 訴訟に一応の結論が出ました。「青色 LED 訴訟」とは、青色 LED の発明者である中村修二・米カリフォルニア大教授が、発明当時在籍していた企業に対し、発明の対価の一部として 200 億円の支払いを求めていた裁判のことです。この裁判の控訴審 ( 一審では、東京地裁は企業側に 200 億円の支払いを命じた ) において、東京高裁は、企業側が中村教授に 8 億円あまりを支払うことで和解するよう勧告し、中村教授側がそれを受け入れました。


実は過去のコラムでも、この話題を取り上げたことがあり ( 『「特許」は誰のもの ?』参照のこと ) 
、私はその中で以下のような意見を述べました。


( 1 ) 企業が自社の研究者の発明・特許について、相応の対価を払うということ自体は、グローバル企業でもスタンダードな考えである


( 2 ) ただし、数十億円、数百億円というような巨額な報酬は考えにくい


( 3 ) 研究者が、企業がその発明・特許から得た収益の多くの部分に相当するような ( つまり、数十億円、数百億円というような ) 報酬が欲しいなら、自分でベンチャーを興して、自分のリスクで起業すればいい

( 4 ) 企業に所属しながら、成功した場合だけ権利を主張するのはおかしい。それなら、研究者が研究に失敗した場合には、相応の損害金を企業に払うべき 

  
上記の意見を書いたのは、中村教授が企業相手に訴訟を起こしたときのもので、その後東京地裁で「企業側が 200 億円支払い」の判決が出たときには、本当に驚きました。こんな判決がまかり通るようなら、メーカーなどの開発型企業は、おちおち技術者を抱えておけないと思ったのです。

特許裁判における問題の本質

200 億円支払いの一審判決が出た当時、私は会社の同僚 ( 日本人とアメリカ人 ) と、本件について議論しました。そのときの各人の意見は、以下の通りです。


・私の意見 「いくらなんでも 200 億円はないんじゃないの。ま、当初もらった褒賞金 2 万円は少なすぎる気もするけど、でも企業に所属している以上、運が悪かったと諦めるべきだよ。イヤなら辞めりゃいいんだからさ」


・日本人同僚ケンジの意見 「いやいや、青色 LED の市場規模は 5000 億円以上もあるんだぜ。その基礎技術を開発したんだから、1000 億でも安いぐらいだよ。特許に対する貢献が認められないなら裁判に持ち込むのは当然のことだし、今回の判決はそれなりに妥当だと思うな」


・外国人同僚ライアンの意見 「そもそも企業と研究者の間で、今回のようなケースでの取扱方法 ( 研究者がどれだけの報酬を得られるか ) を、きちんと契約していないことが問題だと思う。支払い金額は契約に依存するから、何とも言えないし、問題の本質からすると、大した問題ではないんじゃないかな。でも、200 億円というのは常識的に高すぎるよね。この水準の報酬が欲しいなら、企業を辞めて、自分でベンチャーを興せばいいと思うけど。会社のリソースを使って、さらに高額な報酬まで求めるのはおかしいよね」


さて、みなさんはどのようにお考えになりますか ? 上記のように、日本人というのは、どうしても金額の問題に目が行きがちなのですが、本件が問題にしているのは、ライアンが言うように「取扱方法」が規定されていないことなのです。具体的にいうと、会社が社員に相当の特許譲渡対価を支払うことを義務付けた特許法 35 条における、「相当の対価」が曖昧なことが問題なのです。今回のケースでは、それがノーベル賞級の発明であったために、金額的な側面だけがクローズアップされてしまったにすぎません。それを煽ったマスコミにも責任があるとは言うものの、問題の本質を見ずに議論を進めてしまうという点は、日本人が改めなければならない点だと思います ( 私とケンジは典型的な日本人の議論をしているということですな、トホホ …… )。

和解金額は妥当か ?

では、特許法 35 条における「相当の対価」というのは、どのように考えればいいのでしょうか。これはあくまでも個人的な見解ですが、私は今回の和解額 8 億円というのは、それなりに妥当な金額なのではないかと思います。ベンチャーに成功した企業家の中には、総資産額数百億円という人もいるようですが、そういう人と特許の開発者とを同じ次元で考えるべきではありません。何度も言っているように、後からぐちゃぐちゃ言うのなら、最初から自分の力で売ればいいのです。売れても売れなくても一定レベルの生活は保障される環境の中にいて、結果的に売れたときだけ自分の権利を主張するのはフェアではありません。ベンチャー企業家が巨万の富を得るのは、それなりのリスクを冒しているからなのであって、彼らは失敗すれば資産を没収されて路頭に迷う可能性もあったわけですから。


企業において技術者が冷遇されているというのはその通りだと思いますし、一連の特許裁判を契機に、技術・発明・特許に関する技術者と会社の関心を深めたことは間違いないでしょう。今後は、上記で述べた「相応の対価」を含め、特許の報酬体制が確立されていくはずです。しかし、ライアンの言うように、会社のリソースを使う以上は、特許に関する報酬金額も一定額に抑えられてしまうことについて認識しなければなりません。つまり、どんな大発明をしたって、自分の力だけでそれを売っているわけではないということです。発明を汎用的な製品にして、工場の生産ラインに載せること、市場をマーケティングし販売戦略を練ること、顧客との商談を進めたり、実際に製品を販売すること。発明や特許が「モノ」として売れるようになるまでには、会社という組織内の、様々な部署にいる人の手を借りねば成し遂げられないのです。

バリュー・チェーンの一部としての「開発」

経営学者のポーターは、このような一連のつながりを「バリュー・チェーン」と呼びました。発明や特許を含めた製品開発部門、製造部門、営業・販売部門、そしてこれらの部門を支える人事部門やシステム部門など、すべてが有機的に協力し合って初めて、企業は「価値 = バリュー」、すなわち収益を上げることができるのです。花形の営業マンが何十億売り上げようが、彼はバリュー・チェーンの一部にすぎません。自分の力だけで成し遂げることはできない、だから調子に乗っちゃいかんのです。みんなの力でやっているのですから。それと同じことは、開発部門にも言えます。だれも製品化してくれなければ、どんな大発明でも意味はありません。営業マンであっても、技術者であっても、自分はバリュー・チェーンの一部に過ぎないのですから、常に自分を支えてくれる同僚に感謝し、尊重することが重要です。そういう意味では、青色 LED に関する特許や製品化における収益を、さも自分ひとりの力で成し遂げたかのような主張をした段階で、中村教授の主張は、少なくとも私のような一般人には受け入れにくくなっていたように思います。結果的に彼は 8 億円を得ましたが、同僚と築き上げた信頼関係や「絆」のようなものを失ってしまったのではないかと思います。


同僚のライアンは次のようにも言っています。


「欧米では、今回のような裁判は起こりにくいと思うよ。Mr.中村には悪いけど、どう考えたって原告側が不利だからね。大半の人は、こんなことになる前に ( 発明した段階で ) 会社を辞めてベンチャーを興してるよ。一時のシリコン・バレーなんて、まさにそんな状態だったし。でもね、ベンチャーで失敗した結果、自分の技術と一緒に企業に入りなおす連中も、かなりいるんだよ。そういう連中は、会社に所属した時点で、巨万の富を得ることは諦めている。ベンチャーは基本的に自分 1 人だから利益を独り占めできる、会社はチームなんだから、そのリソースを使う以上は利益を独り占めなんてできない、そんなの常識的にわかるからね」


会社 = 「チーム」というのは、まさにその通りです。で、私は「チーム」が大好きです。日系であろうが外資系であろうが、みんなで仕事を成し遂げたときの快感と感動は、何物にも変えがたいと思っています。巨万の富を得ることはできないかもしれませんが、仕事のやりがいって、お金じゃなくて、そういうことのように思えてならないのですが、いかがでしょうかね ?

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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