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タカシの外資系物語

「ノウハウ」が売れるか ?2004.07.13

K 部長 「だから何度も言っているように、この情報はちょっとやそっとじゃ出せないんだよ !」


…… ただいま、時計の針は午後 11 時を過ぎようとしています。8 時に始まったミーティングは、ほとんど何の進展もないまま。参加者の顔にも疲労の色がありありとうかがえます。


S マネージャー 「そもそも、クライアントが何を意図してるのか、よくわからないんだよねぇ ……」


…… この人、さっきから同じセリフを何度も繰り返しています。もう 7 回目 ( いちいち数えている私もヒマですが )。


N 部長 「先方の T 部長は、何て言ってたんだっけ ?」


営業担当 O 「話の始まりはですね、先方の T 部長がわが社のライバルである D 社から話を聞いたところから始まるんですよ …… 簡単に言うと、ですね ……」


……O さんの話は長くなりますので、私が要約しましょう。実は、わが社のクライアントであるS 銀行に、ベンダー D 社がある提案をしたのです。その提案というのが、現在わが社が S 銀行に提案を計画している内容そのもの、つまりわが社は D 社に先を越されたわけです。


D 社の提案は、以前別の顧客で同じようなプロジェクトを経験した D 社コンサルタントが実施したようです。内容は大したことはなさそうなのですが、そのコンサルタントは以前のプロジェクトでの「ノウハウ」を惜しげもなく開示したようです。特に、どの部分が失敗しやすいとか、経験した人間でないとわからないような部分を、事細かに話したようです。


「○○コンサルティング ( 私の会社 ) も同じような提案を持ってくるでしょうが、それは絵に描いた餅のはずです。この分野での経験は、わが社 ( ライバル D 社 ) の方が豊富ですので、是非採用いただきたい。プロジェクトに参加するのは、同様のプロジェクトを経験した者ばかりですから、ご安心いただけますよ ……」


おそらく D 社の営業は、こんな感じのことを言ったのでしょう。S 銀行の T 部長は、ライバル D 社からの提案を気に入ったらしく、本件からわれわれ○○コンサルティングをはずそうという動きに出ているようです。で、本日のミーティングとなったわけです。


営業担当 O 「…… ということでして、わが社としても、何とか D 社に対抗すべくですね、同様のプロジェクト経験を T 部長にご紹介したいと考えている次第でして、ハイ ……」


K 部長 「O さぁ …… プロジェクト経験の紹介って一口に言うけど、そこにはわが社のノウハウがたっぷり詰まってるんだよ。このノウハウは、わが社の資産なんだから、そう簡単には話せないんだよね。お金くれるってんなら別だけど ……」


営業担当 O 「いや、これはあくまでも提案活動ですから、お金をくれというのはその先かと ……」 
  
K 部長 「だろ ? じゃ、言えないよなぁ ……」


…… 気の弱い O さん、かなり困っているようです。ちょっと助け舟を出しますかね、と。


私 「ちょっといいですかね、K 部長のおっしゃることもわかるんですが、一方で D 社に対抗するには、こちらもそれなりのノウハウを開示しないと、勝負ならないんじゃないですかね ? うちにも経験者はいるんだし ……」


K 部長 「な、なんだタカシ。じゃ、タダでノウハウを教えてやれってのか ?」


私 「D 社に勝てば、タダじゃなくて、お金もらえますよ !」


K 部長 「じゃ、もしダメだったら、うちはノウハウの出し損か ?」


私 「何も出さなきゃ、お客さんも判断できないでしょうがーーー ! うがーーーーーーーー !」 ( 怪獣か、わしは …… )


実は私も、基本的には K 部長の考え方に賛成なのです。他のお客様とのプロジェクト内容を、むやみに別のお客様に話すわけにはいきません。契約には「守秘義務」が厳しく記されていますから、これは当然のことです。 
  
しかし、あまりにも頑なに何も話さなければ、こっちも商売になりません。TV ショッピングでモノ買おうってんじゃないんですから、お客様にしてもこちらの実力を確認したいに決まっています。そもそも、億単位の案件なんだし ……


K 部長の振る舞いは、外資系独特のものが感じられます。つまり、「ノウハウにこそ価値があり、お金を出す値打ちがある」という考えです。一方で、ライバルである日系の D 社は、自分たちの経験やノウハウを売るつもりはほとんどありません。彼らが欲しいのは、その先にある「システム開発」の大型案件でして、今の段階では、もしかしたらほとんどお金を取るつもりはないのかもしれません。


ですから、そんな D 社と同じようにやっていたのではいけないことぐらいわかります。D 社に対抗するためだけに、うちにとっては「虎の子」のノウハウを開示してしまっては、あとあと話がもたなくなる可能性もあります。


…… うがーーーーー、ぐがーーーーー、野獣と化した私を見かねてか、M マネージャーが K 部長と私の間に割って入りました。


M マネージャー 「確かに、K 部長の言い分も、タカシの言い分もわかります。どちらも、それなりに正しいんでしょうね。ノウハウを出しすぎてはいけないし、出さなきゃ話にならないし …… でも、うちがこのプロジェクトを提案できる、過去に経験があるってことは先方に伝えないと、スタートラインにさえ立てないんじゃないですか。うちのケイパビリティ (capability) を示さないと、先方も判断できないでしょうから。重要なことは、どこまで出すかってことでしょう。単に、パワーポイントのスライドから顧客名などの固有名詞をマスキング ( 隠すこと ) して見せるなんていう中途半端な対応じゃなくて、S 銀行にとって重要なこと、S 銀行のペイン ( pain=悩んでいること ) をまとめてやる必要があると思います ……」


K 部長 「う、うーむ、そうだなぁ ……」


……おいおい、M マネージャーのときだけ納得してるよ、この人……内容的には、俺が言ってるのとほとんど変わらないのに、ちょっと英語が混ざってると、コロッとだまされるんだから、んったくぅ……


K 部長 「でも、うちが持ってるノウハウ …… つまり事例を S 銀行用にアレンジし直すのは、かなり骨の折れる作業だぜ ……」


M マネージャー 「何言ってるんですか、これでもわれわれはコンサルタントなんですよ。それぐらいできるでしょ ……」


私 「そーだ、そーだ !」


K 部長 「…… で、一体だれがやる ?」


M マネージャー 「だから、タカシがやるって言ってるんだから ……」


私 「そーだ、そーだ …… って、にゃにぃーーーーーーーーーーーー !?」 
…… は、はめられた、また徹夜だ、トホホ ……


「モノや労働力ではなく、ノウハウを売れ !」 うちの事業部長がよく口にする言葉です。確かに、外資系企業が日本市場で伸びてきた理由の 1 つは、彼らが欧米で経験した事例を日本に適用し、そのノウハウを売ってきたところにあります。日本ではだれも経験がないことも、外資系企業には経験がありました。日系企業は、外資系企業のノウハウほしさに、桁外れのコンサルタント・フィーを払ってきたわけです。


しかし、ここ数年で、外資系企業が持つノウハウは、外資だけのものではなくなってきました。日系企業も経験を重ねていくことで、自社にノウハウを蓄えた結果、外資と日系の差はほとんどなくなったのです。今回の D 社との一件は、まさにそのことを如実に語っています。


外資のノウハウが外資だけのものではなくなったとき、外資はどのような戦略をとるのでしょうか ? 新たなノウハウを身につけ、常に日系の先を歩み続けるのか。または、日系との仁義なき価格競争に突入するのか …… 私が 7 年前に初めて外資に転職した際に覚えた感動、「ノウハウ」が売れるという新鮮な驚きは、もはや色あせたような気がします。しかし、一方では、ライバルである日系企業の大半は、まだノウハウの重要性に気付いていません。彼らは依然として、モノと労働力を売ることに躍起になっています。まだもう少し、外資は「ノウハウを売る」ことができるのかもしれませんね。


「いかん、いかん。資料まとめなきゃ ……」 外資にいながら、ノウハウではなく、労働力を売っている私も、これまたいかがなものでしょうか、トホホ …… 夜が明けていくよーーー ……

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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