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タカシの外資系物語

気付いたら、ボスが辞めていた2004.02.20

私は現在の会社で、金融事業部というセクションに所属しています。業務内容は、お客様である金融機関に対して、業務改善やシステム構築のコンサルティングを行っています。この構図は転職前と全く変わりません。要するに、会社の名前は変わりましたが、やっていること自体は外資系企業に転職して以来 7 年間ほとんど同じということです。


唯一変わったことは、ボス ( 事業部長 ) が日本人になったということでしょう。前の会社も今の会社も、ボスの日本人 : 外国人比率は、だいたい 7 : 3 ぐらいだと思います。で、日本人と外国人、どちらのボスが好ましいかというと、これは何とも言えません。確かに日本人のボスの方が、日本語を使ってコミュニケーションできるという点では格段に楽です。特に、英語の苦手な私にとっては、英語を使うことそのものがかなりのストレスですから。しかし、この 7 年間を振り返ってみると、ボスが日本人だから仕事がうまくいった、逆に外国人だから失敗したということはなかったと思います。日本人のボスの方がいいというのは、英語を使わなくていいという「やりやすさ」の問題であって、いい仕事ができるかできないかの条件ではないわけです。結局は、ボス本人の資質 ・ 実力、ボスとの ( 人間的な ) 相性の方がずっと重要なわけでして、日本人か外国人かという議論ではないということです。


ただし、ボスが日本人か外国人かということで、仕事のやり方が変わってくる部分もあります。それは、ボスが日本人の場合はフェイストゥーフェイスで話をすることが格段に「減る」ということです。反対に、ボスが外国人の方が、対面で直接話をする時間ははるかに多くなります。その理由は、ボスが外国人の場合は、意思疎通がうまくできているか常に心配であるため、どうしても対面する機会を多く設定して、下手な英語を使ってでも確認しながら話をすることで安心しているのです。相手が日本人ならば、E メールや電話でしか話をしなくても大きな誤解は生じないでしょうから、極端な話、全く顔を合わせる必要などありません。


ということで、今の会社に転職後の私は、日本人ボスである M 氏と直接話をする時間をほとんど持たないまま仕事を進めていました。 M 氏と打ち合わせたのは、ざっと思い返しても以下ぐらいしかありません。


・採用時の面接 ( これは「打ち合わせ」とは言えませんが …… )  1 時間 Х 3 回 計 3 時間


・入社日のオリエンテーション & 事業部の紹介 ( これも「打ち合わせ」とは言いがたい …… )  1 時間


・当面の営業プランを説明 ( 私から M 氏へ )  1 時間


・営業プランの進捗状況報告 ( 私から M 氏へ )  30 分


昨年の 11 月以降、私はある金融機関のプロジェクトを開始し顧客先に常駐しているので、 M 氏とはほとんど顔を合わせていません。入社以来 4 ヶ月が経過しようとしていますが、な、なんと 2 時間半しか満足に顔を合わせていないことになります。むしろ入る前の採用面接の時間の方が長いわけですから、いくら即戦力採用とはいえ、 M 氏の放任ぶりもいかがなものかという感じです。でも仕事は普通に回っていますので、それはそれでいいのでしょうがね。


で、結論から言いますと、タイトルにもある通り、このたびそのボスである M 氏が会社を辞めることになりました。いや、正確に言うと、「気付いたら、辞めていた」のです。退職日はこの 1 月末ですが、後半 2 週間はバケーションとのことで、彼はもう出社していません。結局、彼に採用されたにもかかわらず、仕事上 2 時間半しか話をせずにお別れをしたことになります。


「なんじゃそりゃーーー、えらいこっちゃーーーーーーぁ !」 これが私の第一印象でした。読者のみなさんもそう思われたと思います。最初に聞いたときには、大変なことになると思ったのです。特に私の場合は、彼の「引き」で採用されたようなもんです。年俸だって、彼が決めたのですから。


「困った、困った、困った …… って、はて ? 何が困るんだろう ?」


私は、表面上は困った顔をしていながら、実は何も困っていない自分がいることに気付いたのです。


確かに、 M 氏がいた方が心理的には安心できます。彼は今の会社の中では、おそらく一番私のことを理解してくれているはずです。私の能力を評価し、私が立てたビジネスプランを承認してくれました。彼は非常に口数の少ない人でしたが、私が今期の自分のビジネスプランを説明した際には、「OK、それで行きましょう。頑張ってください !」と言ってくれました。大した話ではないですが、転職後初めて自分の仕事を認めてもらったわけで、それはそれである種感慨深かったものです。


しかし、明日からの仕事を考えてみると、私はほとんど何も困らないのです。私のビジネスプランはすでに事業部レベルで承認されています。私がアプローチすべき顧客も決まっており、すでに小さな案件も取れました。私はその案件の進捗と新規アプローチ顧客の状況を、M 氏の後任の人に報告していけばいいだけの話でして、M 氏が辞めたことによって、急に私の仕事が増えるわけでもないのです。


彼は仕事ができなかったわけではなく、前期も目標収益を 15% 上回ってクリアしていました。そういう点を考慮すると、これって究極の「とぶ鳥あとをにごさず」だということに気付きます。


私は M 氏の優秀さを認識するとともに、外資系企業の管理体制のすごさについても再認識しました。つまり、「ホワイトカラーの完全分業化」が実現できているのです。事業部長としての M 氏の役割、個別の案件担当者としての私の役割が明確になっており、仮にどちらかがいなくなったとしても、代わりができる後任者さえいれば、業務は滞ることなく進んでいくのです。


私は日本の銀行に勤めていた時代に、自分の上司が何度も人事異動で代わっていくという経験をしました。特に海外や地方に転勤することになった上司などは、現在の業務の後始末など考えずに、とりあえず着の身着のままで去っていったように思います。こうなると、後に残った部下は大変です。その上司が個人的に「握っていた」業務が次から次に登場し、現場はしばらくてんてこ舞いになります。後任でやってきた上司も、何をしていいかわからず、最初の 3 ヶ月ぐらいは満足に仕事をできる状態ではなかったように思います。


ご存知の通り、日本の製造現場における分業体制は、世界的に見ても優れたものだと思います。しかし、ことホワイトカラーにいたっては、多くの業務が個人に依存し、その人がいなくなったらどうにもこうにも立ち行かなくなります。また、人事異動による転勤や転職以外にも、病気やケガなど、急にいなくなる可能性はいくらでもあります。そんなときの「コンティンジェンシープラン ( 危機管理プラン )」など、日本のホワイトカラー現場には存在しません。人事異動を見据えた業務引継書なども皆無でしょう。業務の引継という観点だけでも、日本企業が費やしている無意味な時間はかなりのものだと思います。


社内での人事異動は別として、日本では、人材は移動しない ( = 簡単には転職しない ) ことを前提に社会や会社の仕組みが構成されています。しかし、時代は大きく変わりました。労働市場における人材の流動化は、10 年前のそれとは比較にならないぐらい活発化しています。日本企業における転職が一般化しつつある今、デキル社員を失うことを想定した準備が必要になってきます。しかし日本企業の大半は、デキル社員をつなぎとめる策ばかりのような気がします。デキル社員というのは、辞めるときには辞めるものなのです。世の管理職のみなさん、あなたの会社のエースだって、いつ転職してもおかしくないのですよ。そのときの準備はできていますか ?


M 氏の転職先は、ある外資系金融機関のようです。そこで M 氏は、Regional Manager ( 日本支社長 ) に就任するとのこと。少し落ち着いたら早速訪問して、仕事の 1 つでももらいに行きましょうかね。もしかしたら、 5 年後には私が金融機関に移っていて、 M 氏はコンサルティング業界に復活しているかもしれません。 1 つ言えることは、今後とも、彼とは長い付き合いになるだろうということ。結局は、そうやってお互いに仕事を融通しあっているだけなのかもしれません。M 氏との次の「打ち合わせ」も、結構早い時期に実現できるような気がしています。


1 月の最終日、M 氏から下記のような E メールが届きました。


『親愛なるチームメートの皆さん、 
本日 1 月末日付で退社いたします。 
これまで、皆さんにはいろいろな局面でいろいろと協力をいただきました。 
決して好調とはいえない市場環境の中、皆さんとともにビジネスの拡大に多少なりとも貢献できたことは、私にとって大きな勇気と財産になりました。本当にありがとうございました。


今後はコンサル業界を離れ金融業界へ戻りますが、○○コンサルティングの 1 ファンとして、皆様の益々のご活躍とご発展を心より願っております』


M 氏の新天地でのご活躍を、心から祈っています。

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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