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タカシの外資系物語

オーバースペック症候群2005.04.12

必要ない機能

「タカシさーん、せっかくやるんだから、もっといろいろ機能つけてよ。こっちはそれなりに高い金払うんだからさぁ ・・・・・・」


私は今、 A 銀行の業務システム再構築プロジェクトで要件定義 ( システムの仕様 = 機能を決める作業 ) を担当しています。この手の作業では、まずお客様 ( この場合、 A 銀行 )の業務戦略を固め、それを実現するために必要なシステムの青写真 ( blue print ) を描きます。次に、その青写真に合わせて、システムを作るうえでの現実的な設計書を書き、最後にプログラムレベルでの詳細な設計書を作ります。お客様の業務戦略を固めてシステムの青写真を描くところまでを主に IT コンサルが担当し、設計書を書く作業は SE ( システムエンジニア ) が主に担当するのが一般的です。


以前にもお話した ( No. 223 & 224 『 SE とコンサル』参照 ) とおり、システムで実現不可能なとんでもない青写真を描いてしまうと、設計段階で困ったことになります。コンサルとはいいながら、 IT のことを知らない人がこの作業を担当すると、見た目はかっこいいのですが、実現は不可能なものが出来上がり、単なる「絵に描いた餅」になりがちです。コンサルと SE の間の確執の大半は、このようなところから生まれてきます。


私はこれでも「地に足のついた IT コンサル」を自称しているので、できないことはできないと、ハッキリ言うように心がけています。ま、しかし、実際には「そんなことできまへん ! 」と言うのはなかなか難しいのですがね。なので、「できない」という代わりに、「システム開発に金がかかりすぎる」とか、「手作業でやった方がお得でっせ」とか、「そもそも、

オーバースペック症候群とは ?

私 「確かにその機能はあった方が便利ですよね。でも、その機能って、普通の銀行員じゃ使いこなせないですよ。データベースの専門家でも難しいのに ・・・・・・ 」


A 銀行担当者 「いや、そのことは何となくわかるんだよ。でもね、これぐらいの機能、チョロっと付けることぐらい問題ないっしょ ? 将来使うかもしんないし ・・・・・・ 」


・・・・・・ んなもん、使わんと言うとるやないかぁーー ・・・・・・ この機能付けるだけで、 10 人月(注1 )はかかるぞ。。。 
( 注1 : 10 にんげつ と読みます。人月というのは、 1 人が 1 ヶ月働く人件費単価のことで、一昔前なら「 1 人月 = 100 万円」でしたが、最近では 200 万近くになる場合もしばしばです。ちなみに、コンサルの人月単価は SE さんのそれより高いです。これもコンサルと SE の確執の原因です。詳しくは No. 223 & 224 を読んでくださいね )


「将来使うかもしれない」「あった方がなんとなくカッコいいので付けてくれ」「せっかく買うのだから、できるだけ品質のよいものにしたい」 ・・・・・・ 気持ちはわからんでもないですが、そういう考えで余分にくっつけた機能は、将来においてもほとんど使うことはないのですよ、これが。必要ないにもかかわらず、高性能な機能をつけたばかりに、費用が高くなり、メンテナンスコスト( 注 2 )も予想以上にかかってきます。だから、必要ないものはくっつけない方がいいんですよ。 
( 注2 : 将来における保守・運用のコスト。例えば、一人でしか住まないのに、 10 部屋もある家を建てたとします。実際には、 2 ~ 3 部屋ぐらいしか使っていないのに、残りの部屋も放っておくわけにいかず、定期的に掃除しなければならないですよね。そういう管理のためのコストを言っています )


このように、過剰な品質を求めることを「オーバースペック ( 過剰品質 ) 症候群」といいます。特に日本人は、この傾向が強いと言われています。

オーバースペックを打ち砕いた犯人は ?

オーバースペックといって思い出されるのは、オーディオコンポ ( ステレオセット ) です。今は、 iPod に代表されるように、音楽そのものが電子化されたので、ステレオ自体もかなりシンプルになりましたが、私が学生の頃のステレオときたら、オーバースペックの宝庫でした。


例えば、グラフィック・イコライザー。これは、音域を 10 段階ぐらいに分けて、どの音域を強調して、どの音域を弱めるか、なんてのを設定できる機能で、左右のスピーカーに対応して付いていたりしました。


「オレは 20 ~ 30 デシベルの音域を少しだけ強調した設定が好きなんだ」 ・・・・・・ って、あんたは犬か ? そんなもん、人間に聴き分けられるわけなかろうに ・・・・・・


おまけに、音楽に合わせてピコピコ動く「グラフ」みたいなのまで付いていたりして ・・・・・・


「お ! 今の歌詞のとき、グラフが最高点まで達したぞ ! 」って、あんたは物理学者か ? いらん、いらん、そんなもん一切いらん ! だいたい、スタジオで録音している際に、プロのミキサーがその曲に最適の音域設定を考えて録音しているわけで、何もさわらない「素 ( す ) = オリジナル」の状態が一番いいに決まっているのです。


学生時代に仲のよかったマサユキくん、まんまとメーカーの策略にはまって、基本セット+オプションで 3 万円もするグラフィック・イコライザーを買ってしまいました。最初はうれしそうに使っていたマサユキですが、 3 日もすると早々に飽きてしまったようです。


私 「マサユキさぁー、こないだダビングしてもらった中森明菜 ( ふ、古っ ! ) のニューアルバム。なんか、右のスピーカーの音が小さいような気がするんだけど ・・・・・・ 」


マサユキ 「え !? 」


マサユキの部屋に行ってステレオを見ると、なんと右のスピーカーに対応しているグラフィック・イコライザーのつまみが全部、一番下の低音域の部分に下がっているではありませんか。どうやら、マサユキのうちで飼っているネコ ( 注 3 ) が、つまみを踏んづけて下に下げてしまったようです。なんじゃそりゃ。だから、必要ないもの買うなって言ったのに ・・・・・・ 
( 注3 : ちなみに、このネコの名前は「ネコッつん」でした。マサユキは犬も飼っていて、名前は「イヌッつん」 ・・・・・・ )

「一万回に 1 回」のために

話を戻しましょう。日本人というのは、仕事をやる際にも「オーバースペック」を求めます。一万回に 1 回起こるかどうかというような特殊な処理やエラーに対処するために、残り 9,999 回の通常処理にも同様の確認作業を強いるのです。そのオーバーヘッド ( 間接的な費用 ) たるや、一体いくらになるでしょう ? そんなことするぐらいなら、一万回に 1 回の処理をそもそもできないようなルールに変更した方が、よっぽどマシというものです。


私が日系企業にいた頃と比較すると、外資系に移ってからというものの、「どうでもいいような、くだらない作業」がめっきり減りました。なぜか ? それは、上記の一万回に 1 回起こるようなレアな処理が、ルール上できないようになっているからです。確かに、その処理ができないばかりに「一万回に 1 回」の確率で困る可能性があるのですが、逆に言えば、残りの 9,999 回の処理が格段に標準化・単純化されるわけで、企業としてはその方が絶対得に決まっています。


日系企業の悪口ばかり書きましたが、少し弁護しておくと、日本人というのは欧米人に比べて、かなり手先が器用なので、複雑な処理でも平気でこなしてしまうんです。なので、日本人が日系企業のやり方で、手先があまり器用でない欧米人が外資系企業のやり方でやっている分には、両者にそれほど大きな差は出ないのです。

一方で、一番効率的な組み合わせは、日本人が外資系企業のやり方でやるケースです。元来手先が器用な日本人が、外資系企業における標準化・単純化された作業をやるわけですから、全く負担にならんわけですな。だから、日系企業から外資系企業に転職した日本人の大半は、「なんでこんなことせにゃならんのだ ! 」という不平不満を、あまり持ちません ( もちろん、外国人に日本の商慣習を説明する等、外資系特有の「くだらない作業」はあるんですがね )。日系企業が外資のプロセスを導入すれば、「鬼に金棒」なんですけどね ・・・・・・ なかなか、そうもいかんようです。

仕事はシンプルが一番

冒頭で述べた A 銀行の担当者も、「現時点で想定できる、将来必要になるかもしれない機能」にお金を使うぐらいなら、


・ 将来のためにお金を貯める ( 投資余力を残しておく )


・ 将来何が必要になるかわからないから、実際に必要になったときに柔軟に対応できるような『骨組み』を作っておく


( 例えば、今はどんな機能が必要になるかわからないので、それがわかった段階でその機能を追加できるように、プログラムの受け口を作る等が、対応として考えられます。専門的には、この受け口のことを「 Exit 」といいます )


ということに気を使うべきです。だいたい 1 年後のことすら、だれもわからないような現代社会において、現段階で将来を見越した機能が何の役に立つでしょうか。今やるべきことをしっかりとやる、あくまでもシンプルに ・・・・・・ これが基本です。


A 銀行担当者 「だから、この機能も入れといてよ。ね、いいでしょ ? 」


私 「 ・・・・・・ まだ言うか、このおっさん。そんな必要ない機能作ったって、どうせ “ネコッつん” に踏まれて終わるんだから ・・・・・・ ブツブツ ・・・・・・ 」


A 銀行担当者 「えっ ? 何か言いました ? 」 
私 「あ、いや、こっちの話でして ・・・・・・ 」


A 銀行担当者 「じゃ、お願いしましたよ、タカシさん ! 」


・・・・・・ トホホ ・・・・・・ 日本企業を変革するのは、本当に難しいですね。私はその担当者に押し切られる形で、しぶしぶシステムの青写真を描き始めました。と、そのとき、窓の外に物影が ! だ、だれだ !


「ニャーーオォォ ! 」


ネ、ネコッつん ? こりゃやばい ・・・・・・ やっぱりもう一度、担当者を説得してこよう !


「○○さん、例の新機能の件なんですけど、やっぱり考え直しませんかね ・・・・・・ 」

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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