Global Career Guide
前回書いたとおり、アメリカ各地で学生ビザを取り消された留学生らが連邦裁判所で訴訟を起こし、次々にビザ取り消しの差し止めを勝ち取っています。100件以上の訴訟で50件の保護命令が出され、先週金曜日に司法省は、今回取り消された学生ビザをすべて復元することを発表しました。*
しかし、またいつ方針が変更されるかわからないため、多くの大学では夏休みの間も出国しないように留学生に忠告しています。
留学生の減少
近年、アメリカでは学生ビザ審査も厳しくなっており、(トランプ政権発足前の)2024年には学生ビザ申請のうち41%が却下されました。** 今年は、さらに却下の割合が増えると予想されています。
このため、アメリカを目指す留学生は減少傾向にあり、大量の学生ビザ取り消しが起こる前の今年3月ですでに、昨年同時期に比べ11%減少していました。インド人留学生に限れば、28%も減少しています。
今回、学生ビザを取り消されたうち、半数がインドからの留学生であったため、今回の件はインドで大きなニュースになっています。アメリカの留学生で一番多いのがインド人で(33万人)、全体の29%を占めています(次いで中国人で27万人)。
インドでは借金をして留学する学生が多く、アメリカ留学のローン申込や問い合わせが、昨年に比べ半減しているそうです。今後、アメリカで学生ビザやOPT(Optional Practical Training)の扱いがどうなるか不透明なため、ローンの審査も厳しくなっているということです。(卒業の一ヵ月前に学生ビザを取り消されて学位を取得できなければ、その後の就職に影響し、ローン返済が危うくなる)
OPTの将来も不透明
以前から共和党内では、OPT制度がアメリカ人の職を奪っているという声があり、先月末、下院で同制度を制限する議案が提出されました。これは、OPTを廃止しようというのではなく、STEM専攻の卒業生に許されている追加2年(計3年)の制度(OPTX、STEM OPT)を廃止しようというものです。
OPTXの利用者は、期間が29ヵ月に延長された2016年に倍増し、制度が開始された2008年から8年で4倍に増えました。OPT制度で雇われる留学生の数は、H1Bビザの定員数に含まれず(2005年は8万5000人)、年間10万人以上の留学生が就労を許されています(つまり、HIBビザの抜け道)。
また、OPTで働く留学生の30%がインドからで、次いで21%が中国、それに韓国(6%)、台湾(4%)、日本(3%)が続き、6割以上がアジアからなのです。そこで同制度が、企業がアメリカ人の代わりに安い労働者を雇うための隠れ蓑になっていると批判されています。OPT就労者は年金など(FICA)の支払いは免除されているため(半分は雇用者負担)、企業はOPTXで卒業生を雇うことで、税金の節約もできるのです。
IT分野の労働組合も、「三年就労可能というのは学生ビザ(就労研修)の範囲を超えている」とOPTXに反対しています。
新興国では、先進国への留学は就職や永住権獲得の手段と見なされています(OPTで働ている間にHIBビザをスポンサーしてくれる企業を探す)。彼らにとって、OPT制度がなくなるということは永住への道を閉ざされるということで、高額を費やしてアメリカに留学する価値が激減するということです。
3月には、学会出席のためにアメリカを訪れたフランスの科学者が空港の入管でスマホを検査された結果、入国を拒否され、世界のアカデミアに激震が走りました。カナダ大学教員組合では、アメリカへの不必要な旅行は避けるように組合員に警告しています(日本政府の「危険情報レベル2」並み)。
今年3月、博士過程の留学生は、すでに昨年比5%減少していましたが、今回、多くの大学院生がビザを取り消され、今後、アメリカを避ける研究者は増えるでしょう。
アメリカでは、連邦政府による補助金カットで、仕事や研究費を失う研究者たちも出ており、転職のためにアメリカを離れる人たちも増えています。アメリカの研究室では(日本など比べものにならないほど)多くの外国人が働いており、失業はビザの失効につながります。
ヨーロッパでは、これを優れた研究者の獲得のチャンスと見なし、欧州委員会(EC)では海外からの研究者獲得のための予算を増額しています。アメリカの研究者リクルートに乗り出し、海外の研究者向けにポスドク職を募集しているベルギーの大学や、アメリカの科学者に対し15人を募集したところ、300件以上の応募があったというフランスの大学もあります。
こうして、アメリカでは「頭脳流出」が危ぶまれています。
アメリカではヨーロッパからの観光客が入国を拒否されて拘束されるケースも相次いでおり、渡米を躊躇する人たちが世界的に増えています。カナダやヨーロッパ諸国、ニュージーランドなど、アメリカへの渡航に警告(日本でいう「危険情報」)を発している国もあり、海外からの渡航者は、3月、昨年に比べ10%近く減少しました。
入管での問題だけでなく、関税を巡っても対立が深まっており、カナダでは(ヨーロッパの一部でも)、2月からアメリカ製品や旅行のボイコットが起こっています。(日本に住むカナダ人やイギリス人にもアメリカ製品のボイコットを呼びかけている人たちが。)
そこで、アメリカにとって最大のインバウンド市場のカナダからの渡航は減少しており、3月には空路で昨年比13.5%、陸路では32%も減少しました。カナダとの国境でカナダ人旅行者に依存していたホスピタリティ業界や小売業界にとっては大きな痛手です。4月から8月にかけての飛行機予約も、昨年比70%以上減少しており、稼ぎ時の夏休みを控えたホスピタリティ業界は頭を抱えています。
また、冬に暖かいフロリダなどに避寒する(snowbird)カナダ人は多いのですが、現地に別荘を購入する人も少なくありません。ボイコットの一環として、その別荘を手放すカナダ人も増えており、「新たに購入するカナダ人はゼロ」という現地の不動産業者もいます。
*「学生ビザが取り消されても、I-20があればアメリカに在留できる」という人がいるが、それは過去の話で、現政権下では、ビザを取り消さると留学生データベース(SEVIS)から留学生の記録が抹消されており、I-20(在留資格)も取り消し。大学によっては、記録が抹消された時点で「授業出席は不可」と言われた学生も。
** 先週、在日米大使館が、Xで「非移民ビザ申請書には、過去5年間に利用したSNSのアカウント情報を入力する必要がある。あるにもかかわらず入力しなかった場合、申請は受理されない」と投稿をして話題になったが、これは、今年始まったわけでなく、(前トランプ政権の)2019年から施行。
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米30年の後、東南アジアをノマド中。訪問した国は70ヵ国以上。
著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』『プレゼンの英語』『ビジネスに対応 英語でソーシャルメディア』『英語でTwitter!』(ジャパンタイムズ)、『ロジカル・イングリッシュ』(ダイヤモンド)、『英語でもっとSNS!どんどん書き込む英語表現』(語研)など30冊。