Global Career Guide
先日のこと、私はクライアントである大手銀行の T 部長から、ある依頼を受けました。
T 部長 「タカシさん、実はお願いがあるんですけどね……」
タカシ 「なんでしょう ?」
T 部長 「うちの銀行の役員向け勉強会で講師をやってほしいんですよ。テーマは、『金融機関における業務改革と IT』てな感じで…… どうすかね ?」
テーマは私の専門です。いつもお世話になっている T 部長からの依頼ということもあり、私は快く引き受けることにしました。
タカシ 「で、ひとつお聞きしたいんですが、役員様向けの勉強会って、具体的にどのような方が参加されるんでしょうかね ?」
T 部長 「会長、社長以下、執行役員全員です」
タカシ 「そ、そうですか……」
私はいたって平静を装っていたのですが、内心は「げげっ !」と思っていました。「会長まで出席されるとは…… こりゃ、まいったな……」
外資系企業の特徴の 1 つとして、若いうちからクライアントの役員クラスの方々とお話する機会が多いということが挙げられます。「若い段階からチャレンジングで責任のある仕事ができる !」といえば聞こえはいいのですが、実際はそうでもありません。外資系企業はそもそも社員の人数が少なく、平均年齢も低いため、若い人が対応せざるをえないというのが現実なのです。
例えば、クライアントと親交を深めるために、飲みに行ったとしましょう。先方は、担当役員(55 歳)、部長(50 歳)、課長(45 歳)というメンバー。それに対して、こちらは、マネージャーの私(36 歳)と、私の補佐役のシニアスタッフ(30 歳)、残りはペーペーのスタッフ(25 歳)となります。このパターンですと、担当役員 – 私、部長 – シニアスタッフ、課長 – ペーペーくん という形でフォーメーションを組まざるをえなくなります。私が役員の対応をするのもかなり無理があるのですが、それ以上に、25 歳のペーペーくんが課長のお相手をするのはいかがなものか……
「いやぁー、○○コンサルティングのみなさんは若いねぇ…… こりゃ頼もしいや、ハッハッハ……」
という先方の「イヤミ攻撃」に対して、
「いやぁー、そうですかねぇ、エッヘッヘ……」
と、わけのわからない応対をすることもしばしばです。相手のレベルに合わせた人選をしたいところなのですが、若い人しかいないので仕方ありません。
このようなことは、日系企業同士の付き合いでは、まず起こりえません。日本のビジネス社会では、先方が役員ならこちらも役員、部長なら部長という具合に、お互いのランクを合わせることが礼儀だとされています。また、日系企業は基本的に年功序列で出世していきますから、タイトル(肩書き)が同じなら年齢もだいたい同じというケースがほとんどでしょう。なので、課長のお相手をペーペーがするというようなアンマッチが起こらないのです。
これは余談になりますが、私が日系の銀行にいた頃には、自社の部長にすらまともに話をすることはできませんでした。私が部長と交わしたコミュニケーションの中で唯一覚えているのは、以下の会話です。ある朝の出社時エレベーターでのこと。
タカシ 「(あ、部長だ ! 挨拶しなきゃ……)ぶ、部長、おはようございます」
部長 「お、タカシくんか、君はいつ見てもアグレッシブな顔してるな…… じゃ……」
…… な、なんじゃそりゃ…… アグレッシブ(aggressive)って、あんた…… ちなみに辞書によると、aggressive とは「(肯定的な意味で)活動的な、積極的な (否定的な意味で)攻撃的な、挑戦的な」 つまり「顔がコワイ」っちゅうことですかいな !
部長レベルでこれですから、役員などとは話したことすらありません。唯一の「接触」は、以下の 3 回ぐらいのもんです。
(1 回目) システム部時代に、専務の PC からウィルスを退治したとき(おそらく専務は、私のことをウィルス駆除専門の業者だと思っていたはず。か、かなし……)
(2 回目) 新人時代に、運動会の応援合戦で優勝して、表彰式で頭取(= 社長です)と握手した(私、応援団長でしたので)。ちなみに、そのときの私の格好は赤いミニスカートをはいた「ちびまる子ちゃん」でした(な、なさけなし……)
(3 回目) 虫歯の治療のために銀行本店内の歯医者に行ったとき、私のとなりで副会長が治療を受けていた(偉くても歯は痛くなるのだと、少し感動…… アホか、わしは……)
さて、以上のような状況が、外資系企業に転職してから一変しました。転職以来、話をする相手はほとんど部長格以上、私よりも 10 歳近く年上の「偉いさん」ばかりになったのです。
ある地方銀行の頭取と面談したときには、次のようなことがありました。その日私は、業界でもワンマン経営で有名な S 銀行の頭取と、「銀行経営と IT」というテーマで話をすることになっていました。
頭取秘書(といっても、男性です。銀行では、頭取の補佐役のことを秘書と呼びます) 「タカシさん、このたびはわざわざおいでいただきまして、ありがとうございます。で、本日の時間なんですが、”15 分”ということでお願いいたします」
タカシ 「え ? 15 分ですか ?」
こっちは片道 2 時間以上かけて着たのに、たったの 15 分しか時間をもらえないとは…… トホホ…… そもそも 15 分で何しゃべれっちゅうんじゃい !
頭取秘書 「では、こちらでお待ちください」
応接に通されて、またまたびっくり !「ひ、広っ !」私が座っているソファーから、頭取が座るであろうソファーまでの距離の長いのなんの。すると、ドアをノックする音 「トントン」
頭取 「あ、どうも。頭取の S です。はじめまして」
タカシ 「は、はじめまして。○○コンサルティングのタカシと申します。このたびは貴重なお時間を頂戴いたしまして、ありがとうございます。早速本題のほうに入らせていただきます……」
タカシ 「…… ということで、銀行業務と IT には密接な関係がありまして……(い、いかーーーん ! 頭取までの距離が遠すぎて、表情が読めーーーん ! 顔が見えーーーん ! ウケてるのか、ウケてないのか、さっぱりわかりましぇーーん !)
そうこうしているうちに、15 分があっという間に済んでしまいました。
頭取 「じゃ、また」
…… な、なんじゃこりゃ…… トホホ……
先日などは、こんなこともありました。その日は、あるクレジット会社の役員さん 2 名と、「クレジット会社における経営戦略のあり方」について議論していました。
タカシ 「経営戦略というものは、現場で働いているみなさんに対して、具体的にどのように行動してほしいのかを説明できるものでなければなりません。そのためには、抽象的な言い回しは避けて、できるだけ具体的かつ定量的な言葉を使う必要があるのです !」
役員 A 「うーむぅ…… タカシさん、あなたの言い分を聞いていると、うちの会社の経営戦略が ”絵に描いた餅” だと言っているように聞こえるんだが、あなたはそういうことを言いたいのかね ?」
タカシ 「(や、やべ…… ちょっと調子に乗り過ぎちゃったかな……) い、いや、何もそういうつもりじゃ……」
役員 B 「タカシさん !」
タカシ 「(あちゃー、こりゃ本格的にやばいぞ…… B さんまで怒らせちゃったかな……) は、はい ?」
役員 B 「タカシさんって、いくつなの ?」
タカシ 「へ ? 36 ですけど……」
役員 「36 か、若いねぇ…… うちの息子とほとんど同い年だよ…… いやぁ、その若さで、そのハキハキした物言い。大したもんだ、このー若大将 !」
い、いや…… ほめていただけるのはうれしいんですが、若大将ってあんた…… 加山雄三か、わしゃ…… ぼくのぉ~、お嫁においで~♪ って、歌ってる場合か……
以上のように、自分にとっては分不相応なエグゼクティブと付き合っていると、いろいろと苦労もあるのですが、一方で勉強になることも非常に多いのです。それについては、次回お話ししたいと思います。
さて、T 部長から役員向け勉強会の講師役を依頼された私は、早速T部長あてに勉強会の企画書を送付しました。それから数日後、T 部長から電話が入りました。
タカシ 「もしもし、タカシですが…… あ、T 部長、いかがされました ?」
T 部長 「いやぁ、ちょっと困ったことになりましてね……」
タカシ 「どうしたんですか ?」
T 部長 「勉強会の件なんですけど…… 企画部の方からクレームがありましてね……御社からも役員クラスの方に出席していただきたいということで……」
タカシ 「私じゃ、ダメなんですか、ね ?」
T 部長 「いや、そういう意味じゃないんですが…… こちらも会長、社長が出席するんだから、バランスをとるべきだって、そういう意見でして、ハイ……」
ありゃりゃ…… これは困ったことになりましたよ !
( 次回続く )
1968年7月 奈良県生まれ。
大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。
みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。
書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ