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テッキーなあいつ ( その 2 )

シンノスケ、成果上げる

ロンドンで実施したシステム導入プロジェクトでのこと。システムのパフォーマンス(処理速度)が思うように上がらずに困っていたわれわれプロジェクトチームは、私が所属する東京オフィスから、データベースの専門家であるシンノスケを急遽派遣してもらっていました。


シンノスケ 「タカシさん、こんなもんでしょうか ?」


データベースの解析を始めて 4 時間あまり。シンノスケは私を呼び寄せると、おもむろに Enter(実行)キーを押しました。


「ん ? うそ……?」


するとどうでしょう。これまで最低 30 分はかかっていた処理が、な、なんと、ものの 1 分程度で終了してしまったではないですか !


シンノスケ 「このデータベース設計って、ちょっとセンスないっすね。こんなんじゃ、何時間あっても終わりませんよ。とりあえず、修正しました。これで、だいたい 1 分以内に終わると思います。全部修正するには、そうだなぁ…… 3 日もあればできると思います」


す、すげぇなぁ、こいつ…… 私は正直、開いた口がふさがりませんでした。空港でスーツケースを盗まれ、寝坊で遅刻してきた、「使えないヤツ」シンノスケ…… その彼が、われわれが寄ってたかって解決できなかった難問を、わずか数時間で解決して見せたのです。

シンノスケ、ヒーローになる !

私が騒いでいるのを見て、同じチームの外国人スタッフも駆けつけました。そして、ここ数週間データベースのチューンアップを行っていたスタッフがプログラムを解析して、次のようにつぶやいたのです。


「Ge…Genius! (すごい ! 天才だ !)」


しばらくの間、プロジェクトルームはシンノスケを称える歓喜の声がおさまりませんでした。


「Excellent ! You’re super Techie Guy !」(Techie Guy というのは、「コンピュータおたく」って感じでしょうかね……)。シンノスケ、まさに胴上げ状態です。


タカシ 「すげぇなぁ、おまえ……」


シンノスケ 「あんまり大したことしてないのに、こんなに騒がれると気が引けるんですが…… 日本じゃもっと難しいことやってるんですけど、一度も褒められたことないのに……」


確かに、シンノスケの人事評価は、だいたい「中の下」ぐらいでした。プログラミングやデータベースの知識については一目置かれていたものの、目立ってよくできる評価ではなく、どちらかと言うと同期の中でも出世が遅れている社員の一人でした。


これについては、外国人スタッフからも、私に質問がありました。シンノスケはこれほど優秀なのに、どうして出世しないんだ、日本の評価体系はおかしいんじゃないのか、と。「日本では、proficient(一芸に秀でた人)は評価されにくいんだよ……」と私が説明しても、理解できていないようでした。

平均点社会、ニッポン

確かに、日本ではシンノスケのような優れた技術者が評価されにくい仕組みになっています。一芸に秀でるよりも、何事も無難に平均点以上の点数をとったやつが勝つのです。入試における「足切り制度」なんてのは、その最たるものでして、数学や理科が満点でも、英語が 0 点なら不合格になる一方で、全教科 70 点なら合格します。最近は「一芸入試」という形で、proficientの救済がはかられていますが、それとてごく一部の話。世の中には「平均点野郎」がはびこっていると言って差し支えないでしょう。


この悪しき教育制度は、社会人になってからも継続されます。ジェネラリストとして何でもそれなりにこなせるやつが出世して、スペシャリストは冷遇されます。ある場面や作業においてはものすごい成果を上げられるにもかかわらず、それ以外の分野が弱いために、才能の芽を摘まれてしまうわけです。


それに加え、ジェネラリストというのは、その多くが「文系人間」です。文系人間の一般的な特徴として、「どんな作業もそれなりにこなす」ことに秀でています。私も典型的な文系人間の一人として感じるのですが、平均 70 点を取ることは、1 科目でも 100 点を取ることに比べると、はるかに楽です。世の中の大半が文系人間になるのはそれだけの理由にすぎません。その証拠に、理系の人が数学や物理の分野で業績を上げる(上げる力がある)のと同じように、文系の人に文才があるわけではありません。英語がうまいわけでもありません。あくまでも、平均的に何でもできるだけなのです。

不平等社会、ニッポン

さて、日本においては外資系企業であるわが社でさえ、シンノスケのような「スペシャリスト」は出世しません。確かに、シンノスケの場合は遅刻の常習犯など、生活態度に問題があるものの、それを補って余りある技術力を持っています。しかし出世しないのです。その理由は、何でも平均点以上が大好きな文系人間が、日本の企業経営者の大半を占めているからです。


外国人の同僚に尋ねると、日本以外の国においては、シンノスケのような人材には次のような話をするそうです。


「会社はあなたの技術力を高くかっています。まず、遅刻などの生活態度を改める努力をしなさい。そうすれば、スペシャリストとしてのプロモーション(昇進)を約束します」


このようにニンジンをぶら下げれば、たいていの人間は生活態度を改めるようです。遅刻さえしなくなれば、他のスタッフよりも重用してやろうと言っているのですから、みんな目の色を変えて頑張るに違いありません。 
  
一方、日本の企業の場合は、「あいつは生活態度が悪い」「口のきき方が生意気だ」という烙印を押された瞬間に、ほぼ出世の道は閉ざされます。平等を重んじておきながら、「出る杭」に対して冷たい態度をとり、復活の道を与えないという、極めて不平等な社会が形成されているのです。

MOT(技術経営)を重視せよ

加えて、日本企業の経営者自体が、技術者を軽んじているという現実があります。青色発光ダイオード訴訟で有名な中村さん(現カリフォルニア大教授)などに端を発した、「技術者の処遇・特許問題」についても、経営者の技術に対する理解不足が根本の原因です。それでもメーカーはまだマシな方でしょう。サービス企業におけるシステム関連技術者等の冷遇ぶりたるや、目を覆いたくなるばかりです。例えば、私が付き合いの多い金融機関においては、どんなに優秀なシステム技術者であっても、役員レベルへの出世はまず無理です。最近は、CIO を経験することが社長になる条件の 1 つ(キャリアパス)として注目を浴びていますが、それも単に形式的なもので、実態を伴っていません。つまり、多くの CIO はシステム技術を理解していません。自社のほとんどの業務はシステムなしでは成り立たないにも関わらず、現状どのような技術が使われているのか、将来どのような技術を使っていくべきか、だれも理解していないのです。なぜなら、経営者および経営者の側近として、シンノスケのような「Techie Guy」はほとんどおらず、大半の取り巻き連中は、自分と同じような文型人間だからです。


最近、「MOT」(Management of Technology 「技術経営」と訳される)というのが流行っています。これは技術版 MBA とも呼ばれており、従来は縁の下の力持ちだった技術者に企業経営を学んでもらい、また経営者には技術を学んでもらうことで企業経営の飛躍的進歩を狙ってカリキュラムが組まれています。日本でも多くの大学が MOT の講座を新設しているようですが、私は「技術者が企業経営を学ぶこと」は、それほど難しくないと考えています。それよりも、経営者が技術を理解すること」というのが、より大きな問題です。はっきり言えば、現状の「文系」経営者に、技術のことを理解するのはほぼ不可能ではないかと思っています。そうであるならば、経営者の仕事はただ 1 つ、「技術者を、どれだけ経営層に引き上げることができるか = 技術者の思い切った人事抜擢」をすることです。あなたの周りにいるシンノスケをどれだけ評価することができるか、これに尽きるのではないでしょうか。

シンノスケ、無事帰る ?

たった 3 日で「仕事」を終えたシンノスケ。その週末には、日本に帰国することになりました。私はシンノスケの労をねぎらう意味で、彼をヒースロー空港まで送っていくことにしました。


タカシ 「ホントに助かったよ。じゃ、また東京で飲もうや」


シンノスケ 「……」


タカシ 「どした ?」


シンノスケ 「カバン、失くしたみたいです。財布入ってたんで、お金貸してもらえません ?」


なんとまぁ、学習能力のないやつなんでしょうか ? 一度ならず、二度までも……


タカシ 「しょうがねぇなぁ…… で、PC は大丈夫なの ?」


シンノスケ 「PC だけは失くしませんよ。ほら、ここに !」


…… 常に PC 本体を生(ナマ)で手に持っている Techie Guy…… シンノスケ、やっぱり恐るべし……

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。 出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。
書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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