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スリランカ(9)– 政治改革、バングラデシュとの比較

前回書いたように、先月、スリランカでは大統領選挙が行われました。1回目の投票では、国民の力(NPP)・人民解放戦線(JVP)党首のディサーナーヤカ氏(通称AKD)が最多の票を獲得しましたが、42%と過半数には達しなかったため、33%を獲得した二位の最大野党、統一人民戦線(SJB)率いるプレマダーサ氏と決選投票となりました。この時点で、17%しか得られなかった連立与党の現職が脱落しました。(前大統領の息子は得票率3%で最下位)

現職が強いた緊縮財政が、すでに経済危機下で苦しむ国民の反感を買ったのですが(2022年に15%に引き上げられた付加価値税は、今年から18%に)、勝利したAKDは、緊縮財政に関しIMFと再交渉するらしいです。

「人民解放戦線」という過激な名前のJVPは、1965年の創立当時、マルクス主義を掲げ、革命を標ぼうし、1971年と1980年代後半には政府に対し武装蜂起を行なっています。しかし、その後、政府に弾圧されたこともあり、与党連合に参加するなどして、主要政党へと変貌しました。*

AKDは、同国の大統領として標準的な世襲議員ではなく、庶民の出身で、学生時代から同党に入党して政治活動に従事してきた人です。2000年から国会議員となり、大臣の経験もあります。

今夏、学生らによるデモを発端に大統領を退陣に追い込んだバングラデッシュと違い、スリランカでは、昔、首相も務めた現職が再選し、しがらみ政治が存続するのかと危惧していたのですが、多くのスリランカ国民も政治改革を願っているようです。(オンラインコミュニティでは、過去数ヵ月、若者の間で「誰に投票する?」といった投稿や、AKD派や反ADKによる議論が、盛んに行なわれていた)

日本の新首相は衆議院解散時期を早めたことで批判を浴びていますが、AKDは大統領に就任した翌日の9月24日に国会を解散しました(総選挙は11月なので日本ほど早急ではない)。というのは、NPPは議席を3つしか有していないため、このままでは国会運営に支障をきたすからです。

なお、債務不履行で中断していた日本円借款によるインフラ構築プロジェクト11件が再開されることになっています。

ビザ発給でも汚職?

ところで、スリランカ入国のためのビザ発給ルールが、今年に入って二転三転しました。4月にビザ発行業務が海外の民間企業に委託され、観光ビザ代金が75ドル+手数料込み100ドルに達しました(日本人はビザは無料で手数料のみだった)。

しかし8月に、その委託が初めから一社のみ選ばれ、法で定められている入札が行なわれなかったことから、提訴を受けた裁判所が業務停止を命令したのです。(その業者との契約は、16年にわたり27億ドル以上。相変わらずの汚職?)

そこで突然、ビザ発給サイトが停止し、オンラインコミュニティでも「どうやって取得すればいいの?」という投稿が相次ぎ、多くの観光客が困っていました。到着してからビザ(visa on arrival)を取得するしかなかったのですが、そうした情報を移民局はウェブサイトなどで周知させないのです。

9月には、政府は、日本を含む38ヵ国からの観光客に対しビザ免除措置を発表しました。が、移民局は以前のETA発行サイトを復旧させず、新たに就任したAKD大統領の指示で、やっと9月末に復旧した次第です。(裁判所の命令に従わなかった局長は、法廷侮辱罪で逮捕拘留中)

大統領が変わらなければ、ビザ発給サイトは停止したままだったのか?! 観光業が主要な外貨獲得手段であるというのに、業者の入札も行なわずに、それも海外の業者に発注し、どこの国よりも高いビザ代金を徴収し、裁判所の命令にも従わないとは… スリランカ政府が生まれ変わることを切に願います。

バングラデシュ

バングラデシュの件は、さすがに日本でも大きく報道され、皆さんも知っているかと思いますが、7月に大規模な学生デモが起こり、15年間、独裁政治を続けたハシナ大統領が辞任し、インドに脱出しました。(ハシナ大統領は、バングラデシュをパキスタンからの独立に導いたラフマン初代大統領の娘)

抗議デモの発端は、独立戦争を戦った軍人の家族向け公務員採用の優先枠(30%)でした。この優先枠は、数年前に撤廃されたものの、今年、裁判所が復活させる判決を下したのです。若者の失業率は16%で(15~29歳の40%がニート)、最高峰のダッカ大学を卒業しても就職がままならない状態ですから、学生の間で不満が爆発したわけです。**

抗議する学生を政府が武力で鎮圧し、死傷者が出たことから(学生らによると死者は1400人以上で政府発表の倍以上)、抗議活動は学生以外にも全国に広がり、大統領の退陣を求める声も大きくなりました。

大統領辞任後、マイクロファイナンスの草分けであるグラミン銀行の創設でノーベル平和賞を受賞した経済学者ユヌス博士(84歳)が、学生らに懇願され、暫定政権の最高顧問に就任しました。暫定政権を担うメンバー(閣僚)には、抗議デモを率いた大学生2人を含め、さまざまな分野の専門家などが任命されています。

政治家経験者のいない新たな政権を”素人集団”として不安視する声もありますが、あくまでも、治安を回復し、公正な選挙を実施するまでの暫定政権なのですから。(しかし、前政権に弾圧されていた野党は、元首相の党首が息子を擁立するらしい。またも世襲… この元首相も元大統領の未亡人)

ハシナ政権の下、経済成長を遂げたバングラデシュは、国連の基準に基づき、2026年には「後発開発途上国(LDC=least developed country)」からの卒業が予定されています。バングラデシュは、中国とEUに次いで、世界で第三位のアパレル輸出国で、日本企業も300社以上が進出しています。治安回復、政治の安定が遅れれば、外国企業が国外へ脱出する可能性もあり、この卒業も危うくなります。

バングラデシュも、世襲と腐敗に終止符を打ち、学生たちの死が報われるような政権が生まれることを願わずにはいられません。

* 欧米のメディアは、AKDを「マルクス主義者」「マルクス主義寄りの(Marxist leaning)」と報じているが、新政権では、左派右派関係なしに著名起業家なども知事や大臣などに任命しており、国内では共産主義者とは思われていない。スリランカのオンラインコミュニティでも、「欧米は、自分たちが気に食わないことは、すべて”共産主義”のレッテルを貼るんだよ」という声があったが、その通り。アメリカは、中南米の庶民が民主的に選んだ政権を”共産主義”として、どれだけ転覆させてきたか…

** 以前、インドの就職事情で書いたが、南アジアの国々では、民間より待遇のいい公務員が理想のキャリアだと考えられている。ボリウッド映画でも、親が子供に公務員(または医者かエンジニア)になるよう強要したり、「アンタは公務員じゃないから年金も出ない」と妻が夫をバカにする場面などがある。

有元美津世

大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米30年の後、東南アジアをノマド中。訪問した国は70ヵ国以上。
著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』『プレゼンの英語』『ビジネスに対応 英語でソーシャルメディア』『英語でTwitter!』(ジャパンタイムズ)、『ロジカル・イングリッシュ』(ダイヤモンド)、『英語でもっとSNS!どんどん書き込む英語表現』(語研)など30冊。

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