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有元美津世のGet Global!

中欧について学ぶ(8)ー クロアチア2020.01.07


 「クロアチア」というと「どこの国?」と思う人がいるかもしれませんが、「世界遺産のドゥブロブニク」というとピンと来る人も多いかも?

世界遺産のドゥブロブニク


 私は、スロベニアの首都リブリャナ(Ljubljana)から長距離バスで、クロアチアに入ったのですが、クロアチアはEUには加盟しているものの、シェンゲン(Schengen)協定には加盟していないので、国境では、スロベニア側とクロアチア側の両方で、出国、入国の手続きが必要です。(なお、クロアチアの通貨はクーナ。)

 西欧的なスロベニアと違い、クロアチアの首都ザグレブ(Zagreb)の街並みは、ちょっとさびれた感じがするなと思っていると…、英語も、スロベニアでは英語圏のように普通に通じていたのに、ザグレブに着いた途端、まったく通じない!

 ところが、ザグレブから飛行機で世界遺産のドゥブロブニク(Dubrovnik)に飛ぶと、また通じるように。クロアチアは、内陸部より観光客の多い海岸沿いで英語が通じるそうです(中高年以上になると話せない人も多々)。

 2018年、人口400万人のクロアチアを訪れた観光客は2000万人近くにのぼり、GDPの20%を占める巨大産業となっています。

 城壁(City Walls)巡りで有名なドゥブロブニクの旧市街(Old Town)は、予想以上の数の観光客で埋め尽くされていました。同市には、ほぼ毎日、大型クルーズ船が寄港し、多いときは5~6隻も寄港するため、一度に数千人~1万人の人が上陸するのです。

 ドゥブロブニクは、日本ではジブリ映画の舞台として有名になったそうですが、世界的には米ファンタジードラマ、”Game of Thrones”で知られ、ロケ地を回るツアーもあります。

 ドゥブロブニクは石畳でも知られていますが、私は丘の上の民泊に泊まったため、旧市街までは500段以上を上り下りすることに(ジグザグに道路を進んで石段を避ける方法もあり)。が、丘の上からのアドリア海を背景にした旧市街の眺めは最高でした。

 ちなみに、ドゥブロブニクはビーチも有名ですが(内陸国の多い中欧では貴重な存在)、写真で見たままの芋の子を洗うようでした。

クロアチア紛争


 ドゥブロブニクで一番印象に残ったのは、スルジ(Srđ)山の頂上の(ナポレオンが建設した)帝国要塞(Imperial Fort)の中にあるクロアチア独立戦争博物館(Homeland War Museum)でした。

 1991年、ドゥブロブニクは隣接するセルビア・モンテネグロから爆撃を受け、今では想像もつかないほど損壊したのです。ドゥブロブニクの住民は「世界遺産だから、まさか攻撃はされないだろう」と心配していなかったそうです。

 民泊のオーナーは「戦争中は断水で大変だった」と言っていましたが、博物館には、戦争中に水をバケツで運ぶ幼児の写真もあり、あの何百もある石段を、毎日、バケツで水を運んだのかと… 衝撃の一枚でした。

 私が頂上まで1時間かけて登った山道は、戦時中、市民によるゲリラ軍がロバを使って物資を運んでいたのだということも、博物館の写真や映像によって知らされることに。

 以前、国によって違う「戦争の記憶」について書きましたが、クロアチアの人にとって「戦争(the war)」と言えば、90年代に4年続いた独立戦争(クロアチア紛争)のことです。(呼称も、クロアチアとセルビアでは異なる。)

 博物館では、破壊されたドゥブロブニクの街並み、犠牲を強いられた市民、ボランティア兵士の勇姿が描かれ、「セルビア側にも言い分があるというが、そんなものはない。向こうが一方的に攻撃してきたのだ」と書かれています。

 やっかいなのは、民族ごとに国境が引かれていないため、セルビア人は(アルバニア人も)旧ユーゴスラビアのあちらこちらに住んでおり、セルビア人が少数派の地域が独立すると、そこのセルビア人・領土を守るために、* セルビア人主導の軍隊が加担する点です。ユーゴスラビア解体の中で、セルビア人が迫害虐殺された地域もあれば、第二次世界大戦中、ナチスドイツの傀儡国家だったクロアチア独立国では、ユダヤ人と一緒にセルビア人も何十万人と虐殺されたという歴史もあり、片方だけが100%被害者とは言い切れない面も...

 国によって歴史認識が異なるというのは、日本と近隣諸国に限った話ではなく、世界中どこにでもあるのです。

 

 

* たとえば、クロアチアの独立では、クロアチア語のみが公用語とされ、ラテン文字を義務付け。セルビア語はキリル文字。独立を巡る国民投票は、当時、人口の12%を占めていたセルビア系住民はボイコット。セルビア人地区での住民投票では独立反対派が勝利。自治区を設立し、セルビアへの併合を要請。セルビア系住民とクロアチア警察との衝突がクロアチア紛争に発展。セルビア系住民の割合は、今では4.5%。

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この記事の筆者

有元美津世

大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米30年の後、東南アジアをノマド中。
著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』『プレゼンの英語』『ビジネスに対応 英語でソーシャルメディア』『英語でTwitter!』(ジャパンタイムズ)、『ロジカル・イングリッシュ』(ダイヤモンド)、『英語でもっとSNS!どんどん書き込む英語表現』(語研)など多数。

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