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有元美津世のGet Global!

中欧について学ぶ(7)ー 旧ユーゴスラビア 2019.12.24


 この後、クロアチアやモンテネグロのことを書く予定なので、その前に、旧ユーゴスラビア(Yugoslavia)について触れておきたいと思います。

 若い人にとっては「ユーゴスラビアって何?」かもしれませんし、中高年の中には「ユーゴスラビアって、なくなったの?」「スロベニアって、元ユーゴスラビア?」「旧ユーゴスラビアは、今、どの国?」という人もいるでしょう。

多民族・多言語・多宗教の連邦国家


 前回書いたように、第一次世界大戦後、オーストリア・ハンガリー帝国解体と同時に、初の南スラブ人の独立国としてスロベニア人・クロアチア人・セルビア人王国が建国され、それが、後にユーゴスラビア(南スラブ民族の土地という意)と改称されました。

 第二次世界大戦では、イタリア、ハンガリー、ブルガリアなどの同盟国を伴ったドイツの侵攻を受け、ユーゴスラビアはバラバラに分割されました。

 後に大統領となるチトーがパルチザン運動を率いてドイツからの解放を達成し、1943年にユーゴスラビア連邦人民共和国が設立されました。同国は、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6つの共和国と、セルビア共和国内のヴォイヴォディナとコソボの2つの自治州によって構成され、民族もセルビア人(36%)、クロアチア人(20%)、ボシュニャック人(ボスニア系イスラム教徒)(9%)、スロベニア人(8%)、アルバニア人(8%)、マケドニア人(6%)、モンテネグロ人(3%)、ハンガリー人(2%)と多岐にわたります。話される言語も、同様に多様です。

  後に、国名を「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」に改称し、チトー大統領が独自の社会主義政策である自主管理社会主義を進めることになりました。

ユーゴスラビアの崩壊


 そのカリスマで、複雑な連邦国家をまとめていたチトー大統領没後、連邦の結束が緩みます。東欧各国での革命とともに、ユーゴスラビアも一党支配を断念し、1990年に自由選挙の下、各共和国で民族主義的な政権が誕生しました。1991年には、まずスロベニアとクロアチアが、ユーゴスラビアからの独立を宣言します。

 スロベニアの独立宣言とともに、独立に反対するセルビア主導のユーゴスラビア連邦軍が侵攻し、十日間戦争が勃発。クロアチアでも、独立に反対するセルビア系住民との間で内紛が起こり、ユーゴスラビア軍も加わってクロアチア紛争へと発展します。こうして、その後、10年ほど続くユーゴスラビア紛争の幕開けとなりました。

 1992年にはボスニア・ヘルツェゴビナが独立を宣言しましたが、国内で独立に反対するセルビア人との間で内紛が勃発し、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が起こりました。これにはアメリカも介入し、NATO軍による空爆も行われました。*

 1998年には、コソボ独立を求めるアルバニア人によるコソボ解放軍がユーゴスラビア連邦軍を攻撃し、コソボ紛争が勃発しました。やはりアメリカとNATO軍が介入し、空爆が行われました(劣化ウランやクラスター爆弾も使用)。*

 2003年、セルビアとモンテネグロが残っていたユーゴスラビア連邦共和国は解体され、セルビア・モンテネグロが誕生しましたが、セルビアの支配を嫌うモンテネグロは、2006年、国民投票により独立を宣言し、ユーゴスラビアは消滅しました。

 

ヨーロッパの火薬庫


 バルカン半島は、20世紀初頭から第一次世界大戦までの間、オスマン帝国が衰退し、

複雑に民族が対立する中、小国の誕生と同時に、半島の分割をめぐって帝国主義列強が対立し、一触即発の状況にありました。そこで、同半島は「ヨーロッパの火薬庫(Powder Keg of Europe)」と呼ばれていました。

 しかし、バルカン半島では、上記のように、皆さんが生まれた後も、火薬庫状態だったのです。なお、コソボは2008年に独立を宣言しましたが、それを認めているのは国連加盟国の半数ちょっとであり、まだセルビアの一部です。

 2018年のサッカーW杯で、対セルビア戦でゴールを決めたスイスの選手二人が手で双頭の鷲のポーズをして、FIFA(国際サッカー連盟)に罰金を課されました。二人はアルバニア系コソボ移民で、アルバニアの国旗にある双頭の鷲を示したことで、セルビアに対する政治的メッセージととらえられたのです。民族間の対立は、今も続いているのです。

 

 

* カナダのドキュメンタリー映画、”The Weight of Chains”では、ユーゴスラビアの分割が、いかにアメリカやEU(とくにドイツ)の企業を潤わせるための帝国主義的なものであったかが描かれている。

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この記事の筆者

有元美津世

大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米30年の後、東南アジアをノマド中。
著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』『プレゼンの英語』『ビジネスに対応 英語でソーシャルメディア』『英語でTwitter!』(ジャパンタイムズ)、『ロジカル・イングリッシュ』(ダイヤモンド)、『英語でもっとSNS!どんどん書き込む英語表現』(語研)など多数。

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