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タカシの外資系物語

H 部長との思い出 ( その 1 )2004.04.02

私が H 氏と初めて会ったのは、最初に就職した銀行のシステム部でした。私は入社 4 年目で、そろそろ仕事を全体的に理解し始めた頃。自分で言うのも何ですが、「生意気盛りの頃」だったように思います。H 氏は、NY 支店の副支店長から、システム部の部長として赴任してきました。「海外支店副支店長からシステム部長へ昇格」H 氏は明らかに出世コースに乗っていました。大きな問題さえなければ、次は間違いなく役員になるラインです。


一方、当時の私は仕事でも留学でもいいから、とにかく海外に行きたい、海外業務に就きたいとばかり思っていました。今思えば、海外で何をしたいのか、全くもって明確な目的などなかったのですが、「海外勤務 = 英語を使う = ( 単に ) カッコいい !」というだけの理由で、海外勤務を希望していたのです。そんなとき、憧れの NY 支店からやってきたのが H 氏だったわけです。


「NY の副支店長だって ? えらそうにしやがって、IT のことなんか全然わからないくせに ……」


若気のいたりか、私は事あるごとに H 氏に噛み付いていたように思います。自分のキャリアが思い通りにならない一方で、花形部署を経験してきた H 氏に嫉妬を抱いていたのかもしれません。「NY 帰りの部長は、ペーペーのことなんか相手にしてないんだよな、どーせ ……」


そんなある日、残業をしていた私の肩をたたく人がいます。H 氏でした。


「どうですか、タカシさん。たまには飲みに行きませんか ?」


「あ、部長。でも、もうこんな時間ですから …… 安物の居酒屋ぐらいしか開いてないないですよ」


「居酒屋でいいですよ」


H 氏と私は、オフィスのそばにある居酒屋に行きました。そこは、肩書きのない若手社員が、ビール片手に大騒ぎするような店です。もちろん、部長クラスの人なんて、ひとりもいません。


「すいません、こんなトコで ……」


「いやいや、いいんですったら ……」


H 氏は運ばれてきたビールを一口飲んで、おもむろに話し始めました。


「…… 前々から、ひとつ聞きたいと思っていたんですがね …… タカシさんは、どうして銀行なんかに入ったんですか ?」


え ? 私は言葉に詰まりました。この手の質問は、部長クラスの人からはよく受けるものでした。部長クラスの人にしてみれば、若手とのコミュニケーションほど難しいものはありません。若手はいったい何を考えているのか、それを探る質問の第一弾として、入社の動機を尋ねることは彼らの常套手段なのです。そして、普通なら「得意な英語を活かして、顧客企業の海外進出を助けたいと思い、銀行に入りました !」「そうか、頑張ってくれたまえ ……」という風に会話が進むのでしょう。しかしH 氏の問いかけは、少し違っていました。彼の口調は、そもそも否定的に、「どうして銀行なんていう、ろくでもない就職先を選んだんだい ? もっとマシなところがあっただろうに ……」と尋ねているのです。


確かに、私が銀行に入るのと前後してバブルが崩壊し、入社 4 年目の頃には、多額の不良債権問題が露呈し始めていました。就職先としての「銀行」の人気にも、明らかに翳りが見え始めていました。しかしそれでもまだ、「銀行員 = エリート」という一般認識はかろうじて存在していたと思います。「H 氏の真意は何なんだろう ? ……」 私は慎重に言葉を選びながら、次のように答えました。


私 「うーーん、どうして入ったのかって聞かれると、正直言って、辛いんですよね。 4 年前はそれが最善だと思っていましたし …… ま、銀行業界がこれほどまでに落ち目になるというのは誤算でしたけど …… でも、重要なのは、どこに所属してるかじゃなくて、自分は何ができるか、ってことだと思うんで ……」


H 部長 「ほーぅ、じゃ、タカシさんは何ができるんですか ?」


私 「システム部にいたおかげで、IT についてはそれなりに詳しくなったと思います。それだけでメシが食えるとは、まだまだ思ってないですけど ……」


これ以外にもいくつか会話したような気がするのですが、今となってはほとんど覚えていません。ただ、最初の会話以降、H 氏が何となくうれしそうな顔をしていたように思います。その後、彼の口からは、銀行の話は一言も出ませんでした。


それから半年後のこと、人事部から「海外トレーニー募集」のアナウンスがありました。海外トレーニーとは、現状の業務を離れ、約 1 年間にわたり、海外のどこかの支店で業務の一通りを学ぶというものです。私はここぞとばかりに、海外トレーニーに応募しました。選考は、論文と面接と所属部門上司の推薦で決められました。私が書いた論文のタイトルは、「シンガポール支店における情報系システム構築のメリット」でした。


実は私、海外トレーニーに選ばれる自信が、かなりあったのです。当時私の銀行ではアジアでの業務展開を経営戦略の柱として掲げていました。しかしながら、アジアの各支店、特にシンガポール支店のシステム化は欧米支店のそれとは比較にならないぐらい遅れており、システムの構築が急務とされていました。加えて、シンガポール支店のスタッフにはシステムに詳しい人がほとんどいなかったため、私はボランティアベースで、シンガポール支店のシステム化要件をまとめ始めていたのです。「…… 私がトレーニーに選出されましたら、支店業務の OJT を受ける傍らで、システム構築のための業務要件をまとめたいと考えています……」論文に書かれたこの一文が決めてとなり、私はシンガポール支店への海外トレーニーに選ばれるはずだったのです。


「タカシくん、ちょっと来てくれるかな ……」


海外トレーニーに応募して数週間後、私は課長に呼ばれました。「お、いよいよ決定したのかな ?」私は喜び勇んで、課長に駆け寄りました。


課長 「あのさ、例のトレーニーの件なんだけど …… 残念ながら、今回は見送りということになったから ……」


な、な、なんですとぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぉおおお !!


課長 「いや、オレを責めないでくれよ。論文と面接の段階では人事部も好感触だったんだけどさぁ ……」


私 「じゃ、どうして…… ?」


課長 「実は、ね…… H 部長が人事部に断ったんだよ ……」


…… にゃ、にゃ、にゃんだとぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぉおおおお !!!


前代未聞の事態です。直属の部下が海外トレーニーに選出されたなら、全面バックアップするのが部長の務め。それによって、部長自身の管理者としての評価も上がるはずです。それをこともあろうに、部長自ら人事部に断りを入れるとは、何たることでしょうか。課長 「あー、あーあー、タカシくん、ちょっと待ちなさいったら !」


私は課長の制止を振り切って、部長室に向かいました。


私 「ぶ、部長 …… ど、どうして、私のトレーニーを断ったん ……」


血相を変えて部長室に駆け込んだ私とは対照的に、H 氏は落ち着き払っていました。


H 部長 「あ、タカシさん。来ると思っていたよ …… 私が断った理由はね、君は今、トレーニーに行くべきではないからだよ」


…… にゃ、にゃ、にゃんですとぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぉおおおお !!!


私 「行くべきじゃないっていうのは、どうしてなんですか ?」


H 部長 「タカシさん、あなたは銀行に入って以来、システムの仕事しかしていないでしょう。確かに、海外支店ではシステムに詳しい人がいないから、あなたが行くと重宝がられると思うよ。でもね ……」


私 「でも ?」


H 部長 「それは単に『システム部門の便利屋さん』として使われるにすぎないんだよ。おそらく、一般の銀行業務はほとんどやらせてもらえないと思う。あなたは国内で預金や融資の業務をやっていないんだから、仕方ないよね。そうなると、1 年たってトレーニーから戻っても、あなたはシステムしかできない人材のままなんだよ。私は、タカシさんには、システムだけじゃなく、本当の意味で銀行の海外業務をやってほしいと思っているんだ」


私は何も言い返せないでいました。H 氏の言うのは、まさにその通りだったからです。


( 次回へ続く )

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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