Global Career Guide
アジアの話は、まだ続くのですが、いったん中断して、久々の英語表現シリーズでタイムリーな話題を取り上げたいと思います。
先月、行なわれたアカデミー賞の授賞式に関し、アメリカでSNSを中心に受賞者の態度を批判する投稿が相次ぎ、日本でも(一部で?)話題となりました。何本ものハリウッド映画に出演している日本人俳優も、自身の体験談を語っています。
助演男優賞を受賞したRDJ(Robert Downy Jr)が、昨年の受賞者の(ベトナム系アメリカ人の)Ke Huy Quanから、主演女優賞を受賞したEmma Stoneが、昨年の受賞者である(マレーシアの)Michelle Yeohからトロフィーを受け取る際にプレゼンターを無視したというものです。
Stoneの方は、舞台上で何がどうなっているのかわかりにくいのですが、SNSで炎上すると、Yeohが「私が混乱させてしまった」と火消しに回りました。が、その火消しも一部のアジア系アメリカ人からは「白人に媚びている」「模範的なアジア人女性を演じようとしている」「いつも謝るのはアジア系」と批判を受けました。
それよりも、完全にアウトと思われるのはRDJの方で、Quanは、まるでトロフィーを渡すアシスタント扱いですね。SNSでは、RDJに対して”arrogant”(傲慢)”disrespectful”(失礼)という批判が相次ぎましたが、もしプレゼンターが黒人だったら、全米規模で大炎上して、『オッペンハイマー』のボイコットが叫ばれ、RDJは謝罪を求められていたのでは、と推測します。(黒人相手なら、あのような態度はとってないと思う。)
「舞い上がっていたから、仕方ない」という擁護の声も上がりましたが、舞い上がっていたからこそ、日頃の素の姿が出てしまったのではないでしょうか。Quanの人種だけでなく、「世界的大スターの俺とは格がちがう」という見下した気持ちも潜在的にあったのかもしれません。
人種や式の種類にかかわらず、プレゼンターの方に目もくれず(acknowledgeせず)、プレゼンターの手からトロフィーをもぎとるという行為はマナー違反(rude)です。
今回の件に対し、日本では「アジア人の透明化」といった表現が使われています。英語でも”invisible Asian”は使われますが、こうしたあからさまな差別ではない言動には”microaggression”が使われます。”Microaggression”は、直訳すると「ミクロの攻撃」ですが、日本語訳として使われる「無意識の差別・偏見」は正しくないです。というのは、”意識的に”、故意に行なわれる場合もあるからです。
ネットのコメント欄で「さりげない意地悪」と訳していた人がいましたが、これがピッタリだと思います。(アカデミー賞の授賞式で、大衆の前で無視されて辱めを受けるって、”さりげない”とは程遠いが。)
”Microaggression”とは、1970年ごろに、ハーバード大学の精神科医が、毎日のように黒人が浴びせられる侮辱やディスりを表すために編み出した表現で、同氏は、それを受けた人たちの心身の健康被害について警鐘を鳴らしたのでした。 それから40年経った今も、ハーバード大も各著名医療機関も、「ミクロ(さりげない)だが、そうした言動を受ける側には大きな影響を及ぼす」ということを啓蒙しなければいけない状態です。(SNSが普及してから、ひどくなったかも。)
Sometimes it’s the ‘thousand little cuts’ that hurt our mental health the most.
(精神的に一番キツイのは、[大きな傷よりも]1000の小さな切り傷ということもある。)
「マイノリティの人たちは、毎日、1000もの小さな切り傷を受けている」ということですが、microaggressionは人種差別には限りません。たとえば、性差別であれば、「女のくせに」「男のくせに」という発言もそうですし、「会議などで女性の発言を遮る」といった行動もmicroaggressionです。(アメリカでも女性の方が遮れる傾向にある。)
また、”they”で呼んでほしいというトランスジェンダーの人を”she”や”he”と呼べば、microaggressionと見なされるでしょう。(自分の信条として意図的に行なう場合が多く、職場を解雇されている人たちも。)
数年前に書きましたが、私のように片親の貧乏な家庭に育った人間に対し、何人もの大人が放った「そんな風に見えないね」というのも偏見であり、microaggressionです。言う方は誉め言葉だと思っており、差別意識などまったくありません。
さて、アカデミー賞の話に戻りますが、アジア系アメリカ人のオンラインコミュニティでは、今回の件について「白人が無意識のうちにアジア系に向けてやる、いつものヤツ」「接客で白人のお客に対しては楽しそうに話すのに、アジア系は無視」(←これ、よくある)「昨日も遭った。私の注文だけ忘れられた」「(あの場面は)見ているのが辛かった、自分も傷ついた(It hurt)」「黒人に対する差別は許されないのに、アジア系に対する差別は、こうやって許されるんだよね」といったコメントが寄せられていました。(「日本や韓国のXでも炎上してる」「海外のアジア人まで気づくって、よっぽどだね」というコメントも。)
成人してから渡米した私と違い、アメリカ生まれの彼らは、母国でmicroaggressionを受けながら生きてこなければならなかったわけで、その経験は、私には想像に絶します。私がQuanだったら、授賞式での、あの扱いはとてもショックでなりません。
彼は、ベトナム生まれですが、8歳の時に(ベトナム戦争の)難民としてアメリカに渡っており、子役として活躍しました。近年、白人偏重を批判されているハリウッドでは、アジア系の俳優は大した役をもらえずに苦労するわけですが、Quanも、仕事が見つからなかったため、一度、俳優業は諦めています。しかし、2018年にアジア人が主演の米映画『クレイジー・リッチ(Crazy Rich Asians)』がヒットしたことから、19年ぶりにハリウッドに返り咲いたのです。(それで、あの扱い…。)
アメリカに限らず、日本を含め、どこの国でも、マイノリティは、microaggressionを受けています。そして、声を上げたり、相談しても、「考えすぎ」「気のせい」「悪気はない」と言われ続けて生きてきたのです。(「いじめ」も同じだが、悪気がなければ許されるのでしょうか?)
このように当事者の訴えを「取るに足らないものとして退ける(dismiss)」ことを”invalidate、invalidation”(無効にする、主張を否定する)とも言います。Microaggressionの上塗りということです。マイノリティは、上げにくい声を必死で上げたのに否定されるのですから、益々、声は上げにくくなります。(いじめも同じ。)
海外に住んだことのない日本人には、今回の件に関してもinvalidatingな発言をしている人も一部いますが、海外に出て、「アジア人として、一度、揉まれてこい!」と思います。「日本人は差別に免疫がないから騒ぎ立てている」というアメリカ在住経験のある日本人ジャーナリストもいますが、(マイノリティとして生きていない)”お客さま”の視点だと私は考えます。今回の件は、アジア系アメリカ人が一番の当事者なので。
私は、日本で大学を卒業して就活をしていた際、片親ということで就職差別にも遭いましたが、その話をすると「就職差別なんてない!」と怒鳴る人もいました。こうした発言もinvalidationです。
多くの(職場の)いじめは、あからさめな差別や暴力というよりもmicroaggressionという形で示され、アメリカでは職場で取り組むべき問題として、当事者だけでなく管理職としても、いかに対処するか、といったアドバイスも行なわれています。
Are you a victim of microaggression at work?
(あなたは、職場で、さりげない意地悪を受けていますか?)
How to spot microaggression and what to do about it
(さりげない意地悪の見分け方と対処の仕方)
How to respond to microaggressions in the workplace
(職場でのさりげない意地悪への対応の仕方)
Microaggressions may be small, but they can wear down self-confidence.
(さりげない意地悪というのは些細なものかもしれないが、自信を喪失させ得るものだ。)
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米30年の後、東南アジアをノマド中。訪問した国は70ヵ国以上。
著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』『プレゼンの英語』『ビジネスに対応 英語でソーシャルメディア』『英語でTwitter!』(ジャパンタイムズ)、『ロジカル・イングリッシュ』(ダイヤモンド)、『英語でもっとSNS!どんどん書き込む英語表現』(語研)など30冊。