Global Career Guide
前々回の話に戻り、なぜ、以前より多くのアメリカ人が(イギリス人やカナダ人も)海外移住を望んでいるかという背景について書きたいと思います。
(とくに海外経験のない)日本の人が「海外の方が給料が高くて稼げる」(世界的にアメリカの一部の業界の給料が突出している)という時、いつも「日本の物価を基に考えてますよね?」と思います。
日本でも物価高が叫ばれていますが、イギリスやアメリカなどに比べれば生易しいレベルです。インフレ率が最大だった2022年のインフレ率は、イギリス11%、オーストラリア9%、アメリカ8%、カナダ7%でした。2023年、アメリカやカナダは3%に落ち着きましたが、イギリスは7%で、OECD諸国で最高です。これらの国では、コロナ開け(とくにウクライナ戦争勃発後)、物価が高騰し始め、ここ3年で20~30%上昇したという国がザラにあるのです。(給料は、それだけ上昇していない。)
それ以前からも不動産価格は高騰しており、アメリカだけでなく、カナダやオーストラリア、ヨーロッパの一部では、賃貸物件も不足し、住宅危機が起こっている都市が多々あります。「家が買えない」というミレニアル世代、「家賃が払えない」というZ世代が、自国に絶望して他国に活路を見出しているのです。*
ちなみに、アメリカでは年収が10万ドル以上ないと平均的な家が買えない(住宅ローンが借りられない)都市は多く、シリコンバレーでは年収が46万ドル以上、サンフランシスコでは33万ドル以上必要です。なお、今月発表された「世界でもっとも生活費の高い都市」の10都市のうち7都市がアメリカの都市です。
アメリカの場合、住居費に加え、異常に高い医療費や健康保険料、学資ローンを含む借金、仕事優先の文化(ワークライフバランスの欠如)、政治的分断、乱射事件の多発などによる治安の悪さが加わります。とくに子育て世代になると「子供を安全な環境で育てたい」というのが移住の理由として増えるのです。
家賃高騰のため、一人で賃貸物件に住む割合は、2022年、全米平均で18%を切っていました。大半がルームメートなどと同居しており、25~34歳で実家に戻るアメリカ人は、過去20年で9割近く増えています。ミレニアル世代(26~41歳)で親と同居している割合は、全米平均16%ですが、家賃がバカ高い都市では3割近くにのぼっているところもあります。さらに若い世代(18~34歳)では、約3割が親と同居しています。
アメリカで若い世代が持ち家を買えない理由のひとつに、学資ローンがあります。過去20年で、30代で学資ローンを抱えている人が倍以上に増え、20代では、さらに多いのです。返済が60代まで続くという人もいます。
こうした中、アメリカでは、18~34歳の半数以上が親の金銭的援助を受けており、一番多いのが食費や光熱費などの生活費、次に電話代やサブスク料においてです。30~34歳でも、3割以上が親の援助を受けているという調査結果もあります。一方、「子供の金銭的援助で、自分が経済的に苦しい」という親が36%にのぼっています。(孫の生活まで面倒を見ているベビーブーム世代も珍しくない。)
2023年の調査では、「がんばって働けば、出世できる、人生うまく行く」という「アメリカンドリームは今も健在」と言うアメリカ人は36%のみでした。「昔はあったが、今はない」という人は45%に達しています。また、「この国の経済・政治システムは、自分のような人間には不利である」に同意する人は半数に達しています。
別の調査でも、2019年時点で「この国の問題は、金持ちを優遇する経済制度で不公平なところ」という人が、全体の58%に対し、18~24歳では8割近くに達していました。
今年7月に行なわれた調査では、半数以上(54%)が「アメリカで中流階級に加わるのは難しくなっている」と答えています。実際に、アメリカで中産階級が占める割合は、1971年の61%から2023年には51%に減っているのです。なお、アメリカのホームレス人口は、2017年から年々、増加していますが、2022年には58万人以上にのぼり、史上最高に達しています。(板橋区や八王子の人口に相当。)
こうした中、「新たなアメリカンドリームは、アメリカを去ること」といった記事も登場しています。
今年2月の調査では「可能であれば、海外に移住したい」というアメリカ人の割合は34%と過去最高に達しました。これまで最高だったのは1972年の13%で(ベトナム戦争への抗議?)、その3倍近くに増えているのです。35歳未満の若い世代では、海外移住を希望する人は51%に達しています。
アメリカの場合、大統領選挙が起こる度に「海外に移住したい」という人が必ず出てきます。11月に中間選挙を控え、今年も「トランプが選ばれたら脱出する」という人が増え(実際に移民弁護士への相談増)、「トランプが選ばれたときのために、カリブの国の市民権を取得した」という人までいます。「トランプが選ばれたら女性の(中絶)権利が失われる、トランスが排斥されるから他の国に移住したい」という投稿がネットコミュニティにも、毎日のように掲載されています。
ただし、統計的に一番移住願望が強いのは、民主党支持でも共和党支持でもない無党派層(41%)なのです(民主党支持者35%、共和党支持者22%)。
政治と関係のない話をしていても「トランプ」「バイデン」を持ち出す人がいて、罵声の応酬となり、家族をも断絶するリベラル派対保守派の分断にウンザリしているアメリカ人は多いのですが、(私を含め)「どちらの党も腐っている」「が、選択肢が2つしかない」(二大政党制の弊害)と思っている無党派層での苛立たちが一番高いというのは頷けます。**
海外に移住したいアメリカ人の中で一番人気なのが、文化的に近いヨーロッパで、とくに「ワークライフバランスが得られる」「皆保険がある」「国による子育て支援が手厚い」という点が人気を得ています。とくに物価の安いポルトガルが人気であることは、以前、書きました。
ベビーブーム世代からは「社会主義」と言って批判されるヨーロッパの公的制度ですが、若い世代の間では、アメリカでの公的制度の欠如に不満が募っています。2019年の調査では、65歳以上では、資本主義を好意的にとらえる人は69%だったのが、18~24歳では社会主義を好意的にとらえる割合が61%と、資本主義を上回っていたのです。
* 私はアメリカで賃貸経営をやって20年になり、庶民に物件を貸しているので、庶民の暮らしの大変さを目のあたりにしてきた。そうした庶民の生活の現実は、日本には伝わっていない。
** たとえば、日本ではコロナやワクチンに関して意見が分かれたが、それの何倍もの分断が、すべてのことに関して起こる。いつ第二の南北戦争が起こっても驚かないレベルであり、私は、解決するには国が分断するしかないとも思っている。
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米30年の後、東南アジアをノマド中。訪問した国は70ヵ国以上。
著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』『プレゼンの英語』『ビジネスに対応 英語でソーシャルメディア』『英語でTwitter!』(ジャパンタイムズ)、『ロジカル・イングリッシュ』(ダイヤモンド)、『英語でもっとSNS!どんどん書き込む英語表現』(語研)など30冊。