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世界的に注目を浴びていたドイツの総選挙が日曜に行われました。ドイツでは、11月に連立政権が崩壊し、12月には(少数派政権を率いていた)ショルツ(Scholz)首相の信任投票が否決され、議会は解散しました。そこで、本来なら9月に行われるはずの総選挙が(ショルツ首相の思惑通り)前倒しとなったのですが、その思惑とは裏腹に、SPD(ドイツ社会民主党)は戦後最悪の得票率(16%)で大敗しました。
選挙の結果は世論調査通りで、メルツ党首(元投資銀行家、investment banker)率いるCDU(ドイツキリスト教民主同盟)が28.5%を獲得し第一党となりました。しかし、注目が集まるのは、2021年の前選挙の倍近くの票を獲得し(21%)第二党となったAfD(ドイツのための選択肢)です。
2月18日~20日に行われた直前の世論調査では、「誰に首相(chancellor)になってほしいか」という質問もされたのですが、AfDのヴァイデル共同党首(Weidel)が30%で最高でした。* 新たに首相となるメルツ党首(Merz)が24%、ショルツ首相は18%でした。(議会内閣制なので首相を選ぶのは議会)
ドイツ国内および世界のメディアに”極右”(far right)というレッテルを貼られているAfDですが、その党首はゲイ(同性愛者)であり、配偶者は(スイス夫婦に養子として育てられた)スリランカ生まれの女性で、二人の間には息子が二人います。** 私生活を見る限り、極右とは対局のところにいる人で、本人は「自由至上主義保守」(libertarian)を自認しています。
AfDが”極右”と呼ばれるのは、ナチの過去に関し歴史修正的(revisionist)な発言をする党の幹部がいたり、ドイツ国籍者を含む移民排斥を掲げるからですが、そのため、現党首がドイツ国内のテレビ討論に呼ばれない、呼ばれても遮られてて、なかなか発言できなかったりするようです。***(「ドイツを救えるのはAfDだけ」と公言した)E・マスク氏が同党首のインタビューを行ったのも、「国内で発言の場が与えられていない」という理由からです。
米ブルーンバーグも同党首をインタビューしていたので、私は両方のインタビュー動画を視聴しました。ヴァイデル党首が話しているのを直に聞けば、同党首が非常にインテリであることがわかります。(母国語でない英語での討論でもそうで、ドイツ語だと、さらに力強く聞こえる。)
ヴァイデル党首は、フランクフルトのゴールドマン・サックスに勤務した後、中国銀行(Bank of China)での勤務経験があります。中国に6年住む間に博士号を取得し、「習近平とは北京語で話し、中国の政策書を原文で読む」そうです。(経歴だけ見ると、グローバリストのエリートのよう)
同党首は推進したい政策として、3点挙げています。1)国境管理(border control)、2)減税、3)エネルギー政策の転換–「工業国であるドイツを代替エネルギーだけでやっていくのは無理。エネルギー費の高騰で多くのメーカーが国外に移転してしまった」(ドイツでは自動車メーカーなどが大規模なリストラを行っており、今年1月の失業率は6.5%で、2015年以来、最悪。GDPは過去二年マイナス成長。)
今回のSPDの敗因には「ここ数年でショルツ首相が国の経済を破壊した」というCDUなどによる批判がありますが、ヴァイデル党首は、そのエネルギー政策と移民政策によって「メルケルが、この国を破壊した」と非難しています。(私も、破滅への道を敷いたのはメルケル元首相だと思う)
今回のAfDの躍進には、昨年から相次いだ難民や移民による無差別殺傷事件だけでなく、AfDの極端なイメージを和らげるのに役立ったヴァイデル党首の存在があるでしょう(左派からは「難点を隠すいちじくの葉(fig leaf)」という揶揄も)。大半の支持を旧東ドイツから得ているAfDですが(未だに旧西独に比べ貧しくて連邦政府に対する不満度が高い)、西独でも受けられる一般受けする党に変貌することで、次の総選挙では第一党に躍り出ることを目指しています。
ヨーロッパでは、ヴァイデル党首は「極右ではなく欧州懐疑主義者(Euroceptic)だ」という人たちがいます。欧州懐疑主義とは、EUやヨーロッパ統合に批判的な立場のことで、EU懐疑主義(または反EU派)といった方が正確だと思います。EUの政策や官僚体制に批判的な人たちもいれば、EUの存在自体に懐疑的な人たちもいます。その最たる例がイギリスによるEU離脱(Brexit)です。
AfDというのは、元々、EU推進派の保守CDU(とくにメルケル元首相)に対する保守の選択肢として、元CDU党員のEU懐疑主義の学者らが立ち上げた党です。(反EU派は、右派にも左派にも存在するので「反EU=極右」ではない)
ヴァイデル党首は、(欧州間の)自由貿易(free trade)は支持しており、「選挙で選ばれてもいない人たち(EC)に、なぜ国家主権が侵害されないといけないのか」という意見です。AfDではマニフェスト原案に「EU離脱(Dexit= Deutschland+exit)」を含めたと言われていますが、私が見たインタビューではヴァイデル党首はDexitには言及していませんでした。
なお、形容詞”eurosceptic”は「EU懐疑主義者」という意味で名詞としても使われ、「~主義」という意味の名詞は”euroscepticism”です。
The party was founded by a group of eurosceptic academics.
(その政党は、EU懐疑主義の学者らによって設立された)
It was founded by eurosceptics.
(EU懐疑主義者らによって設立された)
Euroscepticism is growing in the European Parliament.
(欧州懐疑主義は、欧州議会内でも増えている)
CDUが勝利したというものの、議席の半数を獲得したわけではないので、連立政権は免れません。しかし、CDUは「AfDとは手を組まない、(極右遮断の)防火壁(firewall)は崩さない」と公言しているので、大敗した第三党のSPDと連立することになるのでしょう、自民党が立件民主党と組むようなものですが、右派の党が、右派の第二党を飛び越えて、左派の第三党と組むって…
* ドイツ語のwは、vの発音で、ドイツのニュースでも「ヴァイデル」だが、日本のマスコミは、なぜか「ワイデル」表記。英語読み?
** 何が極右か極左かは、見る人の立ち位置によると思うが、こうしたレッテルは、大半が左派である欧米の主要メディアによるもの。この視点によると、日本は”極右”。日本の政府も大半の日本人も非常に保守的。
*** 日本とアメリカでも、まったく同じことが起こっている。オールドメディアが何が正義かを定め、自分たちの主張に合わない言論は弾圧。アメリカの場合、二大政党なので、両党からの候補者を出さないわけには行かないが、テレビでの討論では、トランプ大統領にどれだけ不利な設定がされていたことか。
大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米30年の後、東南アジアをノマド中。訪問した国は70ヵ国以上。
著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』『プレゼンの英語』『ビジネスに対応 英語でソーシャルメディア』『英語でTwitter!』(ジャパンタイムズ)、『ロジカル・イングリッシュ』(ダイヤモンド)、『英語でもっとSNS!どんどん書き込む英語表現』(語研)など30冊。