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タカシの外資系物語

告白! “タカシ復活” までの 道程 (その6)2013.11.05

    タカシ、ショックで立ち直れず・・・ 

    (前回の続き) 未分化癌という難病に冒され、発症から1ヶ月で死んでしまった愛犬ゴルゴ。私たち家族は、ゴルゴの亡骸を荼毘に付すため、横浜の八景島にあるペット専門の火葬場に向かっていました。


    ゴルゴを看病していた数週間、私は自身の “うつ” 症状のことを、あまり気にしなくなっていました。というか、気にしている暇がなかったという方がピッタリくるかもしれません。


    4月以降、毎日毎日、“黒いドロドロした涙” を流していたにもかかわらず、ゴルゴの亡骸を前に、まだ涙が止まりません。私が自宅にいるときは、ずっと横にいたし、特に冬場はゴルゴを湯たんぽ代わりに、ぴったりくっついて寝ていました。夜遅く仕事から帰って食事をとっていると、すぐにやって来て、私の横で首をかしげながら、おねだりをする姿。散歩が終わって家に戻るのが嫌で、自宅マンションの玄関に近づくと、ものすごい怪力で地面にへばりついて離れなかった姿。娘がヨチヨチ歩きの頃、公園で大型犬が近づいてきて、娘が思わず泣き出したとき、身を挺して娘を守ろうとした、“お兄ちゃん” の姿・・・9年余りの思い出が、走馬灯のように頭を駆け巡り、大量の涙とともに、激しい動悸が襲ってきました。


    実は、この段階で、「もしかしたら、休職が長引くかもしれないな・・・」 と自覚しました。健康な状態でも立ち直るのに時間がかかりそうなのに、“うつ” 状態にある今の私には、ゴルゴの死から早期に立ち直る自信など全くなかったのです。


    自宅から八景島には、高速道路で行きます。久しぶりの運転。涙で視界が滲んでいては、事故を起こしかねません。私は奥歯を食いしばって、涙を必死でこらえながら、車を走らせました。最寄のインターは、 「横浜公園」 です。目的地までは、30分もあれば到着する距離でした。 

    タカシ、道を間違えまくる?!

    「あれっ? 道を間違えたかな・・・」 

     


    車を走らせている高速道路(首都高横羽線)の表示には、行き先が 「東京方面」と出ています。運転にブランクがあったとはいえ、全くの逆方向。間違えようのないような簡単な道を、間違えて進んでいるのです。(ちなみに、私の車にはカーナビはついていません。そもそも、車にあまり乗らないという理由のほかに、私、リアルタイムで動く地図を見ていると酔ってしまうのです。何かの病気なのか、三半規管が弱いのか・・・ Google Mapとか、Mapionでも、余裕で(?)酔えます。 


    そういえば、幼稚園の頃に、薬局の前にあった、“サトちゃん”(佐藤製薬のイメージキャラクター) という乗り物に乗って、動き出して20秒ほどで、乗り物酔いで吐いたことがあります。想像してください、オレンジ色のかわいい象さんキャラの横で、ゲロゲロ言いながら吐いている幼稚園児の姿を・・・(食事中の方、ごめんなさい)。 どんだけ弱いねん、って感じです。でも、不思議と、自分が運転する車には酔わないんですよね・・・ ま、当たり前か・・・)。


    「い、いかん、いかん! 慎重に運転しなければ・・・ 子供も乗ってるんだし、事故でも起こしたら大変だ!」


    首都高横羽線の場合、鶴見のあたりで、生麦JCT → 大黒JCT を経由して、首都高湾岸線を使えば、元に戻ることができます。私は、生麦JCTを右折し、大黒JCTを再度右折して、元(横浜の中心部)に戻ることにしました。


    「よし、これでOKだ・・・」  


    大黒JCTを過ぎたあたりで、再度表示を見て・・・、あ、唖然・・・ 「川崎・浮島方面」 と出ています。つまり、湾岸線で横浜に戻るはずが、またもや、全く逆の東京方面に向かっているのです! 私は後部座席で、娘と一緒にゴルゴの亡骸を抱いている奥さんに、「そもそも乗り間違えて、戻るつもりが、また間違えた」 ことを告げました。奥さんは、大丈夫? くれぐれも、気をつけて、無理しないで! と言って・・・、即座に、こう付け加えました。


    「ゴルゴが・・・ ゴルゴが、羽田に行きたいんじゃない?」

    思い出の場所で・・・

    羽田・・・ 羽田空港・・・ そうです、どんなに進路を修正しても、この車は、何物か見えない力に引っ張られて、羽田空港に向かってしまうのです!

     


    奥さん 「私たちが、初めてゴルゴを抱いたのが、羽田だったじゃない。きっと、ゴルゴは最期に・・・、そこに行きたいんだよ・・・」


    ゴルゴは、京都のブリーダーさんから買いました。京都は私の生まれ故郷。何かの縁を感じて、即決したのを覚えています。そして、ゴルゴは大阪から空輸されて、羽田に降り立ちました。当時、ペットの空輸サービスは一般的で、通常の荷物カウンター(ベルトコンベアで荷物が回ってくるところ)とは違う、離れた場所で、ペットを受け取るシステムになっていました。


    しかし不幸にも、空輸途中で具合が悪くなったり、最悪の場合、ペットが死んでしまうといったトラブルが少なからず起こったため、各航空会社は、徐々にこのサービスを廃止していきました。


    ゴルゴが来たのはまさにその過渡期で、実はその1ヵ月後には、ブルドッグ系の鼻ペチャ犬は呼吸困難に陥りやすいということで、空輸が禁止されてしまいました。もし、空輸が禁止された後で飼い犬を検討していたとしたら、京都ではなくて、横浜近郊のペットショップかブリーダーで探していたと思います。


    私は火葬場の人に遅れる旨連絡し、高速を下りて、羽田空港に向かいました。初めて、ゴルゴを抱いた、あの場所に・・・


    当時、ゴルゴがペット用カーゴに入れられ、私と奥さんに初めて会ったカウンターはもはや存在せず、建物そのものが取り壊されて、空き地になっていました。その日空輸された10匹ほどの犬の中で、一番小さい体だったのに、一番大きい声でキャンキャン吠えていたゴルゴ。抱き上げた途端、プッとおならをしたゴルゴ。犬を飼うのが初めてだった私は、そのおならが人間並みに臭いことに感動し、なんか、人間の赤ちゃんを抱いているような、そんな錯覚に陥ったことを覚えています。


    しかし、ゴルゴはもういません。でも、でも、すごく陳腐な表現なんですが、姿は見えないんですけど、今でも、いつもそばにいるような気がしてなりません。そろそろ言葉を覚えだした1歳の息子。パパ、ママ、姉の名前、そして、“ゴルゴ” だけはハッキリ言えます。「ゴルゴ、ゴルゴ・・・」と言いながら、その空き地をヨチヨチ歩きしている息子を見ていたら、また、涙が溢れてきました。


    「ゴルゴ、ゴルゴ、本当にありがとうな・・・ ゴルゴのおかげで、パパはもう、大丈夫だから・・・」


    また、涙が溢れ出てきました。しかし、不思議なことに、その涙は “黒いドロドロした涙” ではなく、透明で、澄んだ涙に変わっていました。いつも併発していた、激しい動悸も起こりませんでした。


    「パパさん、ママさん、僕は世界一幸せな犬だよ、本当に、ありがとう・・・ ○○ちゃん(娘)、□□ちゃん(息子)、本当に、ありがとう・・・ 本当に、本当に、ありがとう・・・ また、一緒にお散歩行こうね、クゥーーーン!」


    妻と2人の子供と、そして堅くなって動かなくなったけど、実は今でも私の周りを走り回っているゴルゴがいて、優しいばーば(祖母)とじーじ(祖母)がいて、親切なご近所さんがいて、家族全員に大切な友達がいて、住む場所があって、一緒に入れるお風呂があって、一緒に寝れる布団があって、働く場所があって、私を待ってくれている上司・同僚がいて、私の病状を心配してくれているお客様がいて・・・ 私は一体、何を悩んでいたんだろう。こんな幸せな人生なのに、何をクヨクヨしていたんだろう。本当に、本当に、心の底からそう思いました。そして、これを境に、私の 「うつ」症状は、急速に回復し、目標より1ヶ月遅れたものの、10月1日に無事復職することができたのです。


    次回のコラムでは、今回の「うつ」体験を経て、外資系社員として私が感じたことと、復職直後の会社の様子についてお話します。これまで、“外資系物語” とは全く関係のないプライベートな話に長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。ゴルゴともども、お礼申し上げます。

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    この記事の筆者

    奈良タカシ

    1968年7月 奈良県生まれ。

    大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

    みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
    出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
    結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

    書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
    奈良タカシ

    「タカシの外資系物語」の作者、奈良タカシさんへメッセージをお寄せください。

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