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タカシの外資系物語

“COOL JAPAN”と外資系( その 1 ) 2011.03.01

日本人 3 名がグラミー賞受賞 !

みなさん、快挙です ! 先日発表された「第 53 回グラミー賞」において、 3 名の日本人アーティストが見事受賞 ! ホントに、すごーーい、パチパチパチ !


「ところで・・・、グラミー賞って、何やねん ? 」 
「ん ? いやいやいや、グラミー賞でんがな。 アメリカの音楽産業における最大の賞。日本のレコード大賞みたいなもんですよ!」


なーんて説明すると、若い方から、「ところで・・・、レコード大賞って、何やねん ? 」 って、追加で聞き返されそうです。私が小学生の頃には、大晦日は レコード大賞 → 紅白歌合戦 と、相場が決まっていたものですが・・・。当時、国民の大半が、このパターンで大晦日を過ごしていたように思います。両番組とも生放送なもんですから、レコード大賞を受賞した歌手は、 10 分程度で紅白が開催される NHK ホールに移動しなければならないため、特別にパトカーに誘導されて移動とか、結構スリルがあって、子供ながらにワクワクしたものです。 あーー、懐かしい・・・(T-T)


話を戻しましょう。今回グラミー賞を受賞したのは、 B’z の松本孝弘氏、クラシックの内田光子氏、ジャズの上原ひろみ氏の 3 名です。グラミー賞半世紀の歴史の中で、日本人はこれまでに 4 名しか受賞していないわけで、今回の受賞がいかにすごいかがわかります。中でも、特筆すべきは“Best Pop Instrumental Album” 部門で受賞した B’z の松本孝弘氏でしょう。英語圏以外のアーティストが、ロック & ポップス部門を受賞する例はあまりなく、加えて、 B’z という日本のトップバンドのギタリストが選ばれたというのも、日本人にとってはうれしく、かつ誇らしい話だと思います。

タカシ、 B’z との衝撃の出会い !

少し長くなりますが(また、脱線かい!)、私と B’z との出会いは、それはそれは・・・ 極めて衝撃的なものでした。今を遡ること 22 年前、 1989 年の冬だったと思います。当時 20 歳、大学生だった私は、友達の家で徹夜マージャンをしていていました。その日は非常に調子が良く、半荘オーラス( 1 セットの最終回という意味)を前に、ほぼ私のトップは決まっていました。


「フハハハ ! 見たか、皆のもの ! 私が本気になったら、こんなものよーーっ ! オラーーっ ! 」
すっかり余裕をかましていた私は、このオーラスを軽く流そうと思って、適当に(自分は勝たなくてもいいので、相手に振り込まないように)打っていました。と、そのとき、テレビの歌番組から流れてきたのが、 B’z 初期の代表曲 『Bad Communication』 だったのです ! 
「ん ! こりゃまたハイカラなバンドが出てきたもんやなぁ・・・ 洋物のバンドみたい。これは流行るかもしれんなぁ・・・」 ・・・と、ふと気を緩めた瞬間 ! 


「ロン ! ! ! 」 (← マージャンで “上がり ! ” の意味)
「えっ!(汗っ)」
「フハハハ ! 油断したな、タカシ。 ほれ、“役満” じゃ ! 」
「にゃんとねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ! (T-T)(T-T)(T-T)」

 

“役満”というのは、マージャンでは最高の手でして、ありえないほどの高得点になります。よく、テレビのクイズ番組で、これまで積み重ねた点数はいったい何だったんだ・・・というぐらい高得点を賭けた問題が最後の最後に出たりしますが、“半荘オーラスで奇跡の役満” というのは、ちょうどそんな感じです(ちょっと違うか ? )。結果、トップだった私は、一転して、どん尻の憂き目に・・・。まさに、『Bad Communication』・・・(って、わけわからんが・・・)。 実は、“役満”をまともに振り込んだのは、これが初めてでして、この事件以来、気の弱い私は、マージャンから足が遠のくことになりました。


というわけで、私と B’z との出会いは、かくなる衝撃的なものだったというわけです。期待させてスミマセン、ファンでも何でもないんですよね・・・ B’z ファンのみなさま、失礼しました・・・。

“アキバに行きたい” の変容

今度こそ話を戻しましょう。いずれにしても、音楽をはじめとする日本のカルチャーが、外国に評価されているというのは事実です。音楽以外にも、特に、日本のゲームやマンガ、アニメが高い評価を受けているというのは、みなさんもご存知でしょう。日本のポップカルチャーをリスペクトする動きを、「クール・ジャパン(COOL JAPAN)」といいます。 NHK の衛星放送でも、「クール・ジャパン」を取り上げた番組が放送されていますので、この言葉自体、かなり定着してきたように思います。

 

最近、実際に「クール・ジャパン」を肌で感じる出来事がありました。つい先日のこと、中国とフィリピンから、 2 名のコンサルが来日したことがありました。一応、私の部門で招いたことになっているので、多少なりとも接待をしようかと、「どこに行きたい ? 」と希望を聞いたところ、 2 人とも、


「Akihabara(秋葉原) に行きたい ! 」

 

とのこと。私もクール・ジャパンのことは頭にあったので、「もしかしたら、いわゆる オタク的な “アキバ” を期待しているのかな・・・ ? それとも、単に日本の電化製品が欲しい(従来の外国人によくあるパターン)のかな・・・ ? 」 と一瞬考えまして、つい


「秋葉原の電気街でショッピングしたいの ? 」


と聞き返してしまいました。だって、 2 人とも 40 歳超えているんですよ。まさか、AKB48 ってこともないだろうし・・・ で、以下の返答。

 

「メイドカフェ(メイド喫茶ですな・・・)に行きたい ! 」

 

・・・やっぱりそうか。


「中国では、日本のメイド喫茶は憧れの的なんだ ! 」
「そうそう、フィリピンでも話題になってる。日本にメイド喫茶に行ったと言えば、私も娘に自慢できる ! 」
「日本の電化製品はそれなりに評価できるが、そんなに興味はない。中国でも買える ! 」
・・・はぁ、そうですか。


メイド喫茶に行ったことを娘に自慢するという発想が、なかなか “COOL” じゃないですか。本家である日本にはない発想ですな・・・。結局その日の接待、メイド喫茶は私のチームの若手に任せることにしました。私自身も興味がないわけではないのですが、どーーも、ねぇ・・・。私はスタバでいいですわ。


さて、かなりの盛り上がりを見せている「クール・ジャパン」現象ですが、ビジネスの観点で見ると、少し違った見え方に気付きます。次回のコラムでは、外国人のとらえる「クール・ジャパン」をもう少し解析して、日本のビジネスが海外に進出する際の、有力な示唆を提示したいと思います。では、また来週 ! 
(次回続く)

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

「タカシの外資系物語」の作者、奈良タカシさんへメッセージをお寄せください。

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