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タカシの外資系物語

何のために勉強するのか2005.01.04

自分の出身大学が言えるか

みなさま、新年あけましておめでとうございます。今年も、『タカシの外資系物語』をどうぞよろしくお願いいたします !


さて、新年一発目のコラム、お題は「勉強」です。


「おいおい、新年早々、いきなり勉強の話かよ。勘弁してくれよ……」と思われる方も多いかもしれません。実は私自身、どちらかといえば、勉強の話には触れたくありません。理由は簡単でして、はっきり言えば「コンプレックス」があるからです。非常に情けない話ではあるのですが、就職してからというものの、自分の出身大学の名前を、胸を張って言えたためしがありません。


みなさんの中には、「大学では『何を』学ぶかが重要であって、『どこで』学ぶかは関係ない !」いう人もいるでしょう。私もそう思います。しかし、現実社会はそうもいかないのも事実。


例えば銀行員時代で言えば、自分の出身大学を何のためらいもなく言えるのは、東大・京大・阪大・一橋・早稲田・慶應ぐらいのもんではないかと思います。これら以外の大学は「その他大学」として一括りにされており、さらに「その他大学」の中でも偏差値順に「上・中・下」に分かれます。私の大学は、ひいき目に見ても「その他大学の “中”」がいいところでしたので、常に肩身の狭い思いをしました(『学歴の話』参照)。

MBA を持っているか

外資に転職してからは、上記にプラスして「MBA を持っているか否か」という条件も加わりました。考えようによっては「その他大学」であっても、MBA を持ってさえいれば、それなりに胸を張って言えるようになったので、「敗者復活」の機会が与えられたといえばそうなのですが、私は MBA を持っていませんから、状況としてはさらに悪化したわけです。


「一流大学卒でもないし、MBA でもないし、こりゃますます困ったな……」


しかし、思い悩んでいても仕方ありません。今から大学に入り直すわけにもいきませんし、MBA だってそう簡単に取れるわけでもありません。転職後の私は、半ば開き直って、自分の学歴のことはあまり考えないようにしていました。


で、外資に転職して 7 年半。日系企業時代に比べると、学歴のことはほとんど気にならなくなりました。その一番の理由は何かといいますと、外資では「数字がすべて」なので、数字さえ稼いでいれば、どこの大学を卒業していようが関係ないということが上げられます。私より年上で有名大学を出て MBA を持っていても、私よりも給料の低い人もいますから、学歴と評価はほとんど関係ないのです。日系企業の場合は、数字の評価もさることながら、学歴の方をより重視する傾向が強かったので、いきおい学歴を気にすることになるのです。


さてさて、いつの間にか、「勉強 = 学歴 = いい大学に行くこと」の話になっていました。勉強する理由って、本当にそういうことなのでしょうかね。

「勉強」する理由とは

~~ 「勉強」とは何のためにするのか ? ~~


(1)「いい大学に行くため」 - いろいろ書きましたが、これは 1 つの答えであることには違いありません。しかし、いい大学に行くことがいい人生を送るための絶対条件だとも思えません。たとえ大学に行かなくても、素晴らしい人生を送っている人はたくさんいるわけで、そういう意味では「大学に行く」ということは、金銭的な面で、ごく平均的な人生を送る可能性がちょっと増える、ぐらいの効果でしかないように思います。


(2)「自分の適性を見極めるため」 - これも一理あるでしょう。芸術やスポーツを含め、様々な科目を勉強することによって、自分の好きなこと・自分に向いていることを探すことができます。しかし、芸術やスポーツに才能のある人が「その道」を極めるというのはわかりやすいのですが、それ以外の科目の勉強を通して自分の適性を見極めるのは、非常に難しいように感じます。国語や数学が得意な人は、結局のところ、いい大学に入るための勉強をするでしょうから、(1)と同じことになるのではないでしょうかね。個人的な意見ですが、これが当てはまるのは、スポーツ選手や芸術家、作家といった、ごく限られた範囲の才能豊かな人だけではないかと思います。


(3)「資格を取るため」 - これもわからんではないですが、小中学校の子供には当てはまらない理由だと思います。この域に達するためには、上記(1)(2)で何らかの結果を出した後の話のような気がします。

 

(4)「自分を磨くため」 - 本質的には、これが正答のような気がしますが、ここまでくると「仙人」の域ですよね。少なくとも、子供には通じないでしょう。

 

「勉強」 = 社会に出るための「練習」 ?

私は学生時代に塾講師のアルバイトをしていた際、生徒からも、よく同じような質問をされました。


「先生、歴史の年号なんて覚えても仕方ないじゃん」「sin、cos、tan(サイン、コサイン、タンジェント)なんて、一生使いそうにないんだけど、先生どうよ !」


「どうよ !」と開きなおられても困るのですが、ま、その通りなんですよね。歴史を学ぶ意義はそれなりにあるとは思うのですが、794 年に平安京ができたことを知らなくても間違いなく生きていけます。sin、cos なんてのは、高校を卒業して以来使ったことがありません。


当時の私は国語の教師を本気で目指していたこともあり、子供たちの問いかけに対して、何か説得力のある回答ができないものかと、真剣に考えてみました。それが以下の答えです。


「勉強というのは、将来生活していく上での『練習』なんだよ。将来、どんな職業に就くにしても、家事や子育てをするにしても、常に自分が好きな、または得意なことだけをやって生きていくわけにはいかないよね。自分の苦手なことに直面したときに、いかにして切り抜けるか、問題ないレベルの平均点が取れるか、そこが重要なんだ。実際に社会に出たら、得意じゃないから仕事できません、子育てしませんというわけにはいかないし、自分ができないことが他人に迷惑をかけることにつながるからね。今はまだ『練習』だから、実際にお金を使って商売したり、子供を育てたりはしないけど、そういうつもりで勉強に取り組んでみればいいと思うよ」 
  
ど、どうっすか ? 表現としてはこなれていないものの、それなりに納得できるような気がしません ? で、このように説明したときの子供たちの反応はどうかというと、小学生以下は何となく納得してくれました。しかし、高校受験が現実のものになっている中学生以上には、「なに青臭いこと言うとるんじゃ、このおっさん……」という目で見られたことを覚えています。でも、私の答えはかなり的を射ているような気がするのです。

 

実生活で活用できる「勉強」

ここに興味深い調査結果があります。OECD ( 経済協力開発機構 ) がまとめた「国際学習到達度調査結果」において、15 歳の生徒を対象に数学的応用力・科学的応用力・読解力の 3 分野に焦点を当て、義務教育修了段階の知識や技能を「実生活でどの程度活用できるか」を比較しました。それによると、日本は読解力が前回調査の 8 位から 14 位に低下、平均点も下がったとのこと(ちなみに、数学的応用力は前回 1 位 → 6 位、科学的応用力は前回 2 位から変わらず)。これを受けて文部科学省は、「わが国の学力は世界トップレベルとは言えない状況」とのコメントを発表し、「ゆとり教育」の見直しを検討し始めたようです。


うーーむ、文部科学省もわからんやつですねぇ…… この調査で測っているのは、「実生活でどの程度活用できるか」であって、「いい大学に入るための学力」を測定しているわけではないのです。問題の根源は、日本の子供たちがやっている「勉強」が、ますます「実生活」から乖離していることであって、「ゆとり教育」によって勉強時間が減ったことではありません。つまり、いくら勉強時間を増やしたところで、勉強と実生活がリンクしていなければ、この数値は改善しないのです。読解力の国別ランキングを見ると、カナダやオーストラリア、ニュージーランドなどが日本より上位に来ています。詳細に調べたわけではないので何とも言えませんが、直感的に、これらの国と日本の子供たちの勉強時間を比較して、日本の方が劣っているような気がしません。つまり、動機付け、何を目標に勉強するか、それを踏まえた勉強の仕方などといった、そもそもの考え方が違うのです。日本に欠けているのは、勉強とは実生活と密接に関係したもの、実生活の練習をしているのだという視点に他なりません。

Practice makes perfect !

例えば、先に述べた「MBA」ですが、これは Master of Business Administration の略です。日本語訳で「経営学修士号」なんて訳されるので、何となく仰々しいイメージがありますが、そもそも「Administration」というのは「処理・管理」という意味ですから、本来の意味は「仕事の仕方」ぐらいのイメージなのです。つまり、MBA というのは、仕事の仕方を練習しているにすぎません。それまでに勉強してきた基礎科目の知識をフルに使って、仕事の練習をしましょうと言っているだけなのです。


一方、日本においては、初等・中等教育はおろか、大学における高等教育でさえも、仕事の仕方を練習する、という発想は皆無です。特に文系学部において、その傾向が甚だしいわけで、それが OECD の調査結果 ( 数学・理科はまずまずだが、読解力が弱い ) にも出ているような気がします。  
  
日系企業にいたときは、「もっと勉強して、いい大学に行けばよかった」と後悔していました。それが、外資に転職してからは、「もっと勉強して、会計やコンピュータの知識を得ておけばよかった」という後悔に変わりました。つまり、もっともっと「練習」しておけばよかったと思うようになったのです。


さて、いつまでも正月気分の抜けない学生、生徒諸君。「とりあえず大学に入る!」ということについて、否定はしません。私だってそうでしたから。でも、大学がゴールではありません。学閥のある企業に入ることもゴールではないはずです。30 歳のときに、自分はどうありたいのか。そのために何を学ぶべきか。勉強は「練習」であって、「本番」ではありません。Practice makes perfect ! どうか、「本番」でみなさんが輝くために、有意義な勉強をしてください。先は長いのですから。さて、おじさんも輝く未来のために、勉強しましょうかね。まだまだみなさんには負けませんからね !

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

「タカシの外資系物語」の作者、奈良タカシさんへメッセージをお寄せください。

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