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タカシの外資系物語

H 部長との思い出 ( その 2 )2004.04.09

前回の続き ) 今から 9 年ぐらい前の銀行員時代のこと。システム部に所属していた私は、銀行内の海外トレーニー制度によって、シンガポール支店への赴任がほぼ決まっていました。にもかかわらず、NY 支店から着任してきた H 部長が、人事部に対して私のトレーニー派遣を断っていることが判明したのです !


H 部長 「タカシさん、あなたは一般的な銀行業務を経験してから海外に出て行くべきなんです。システムの経験だけで海外に行っても、『システム部の何でも屋』として使われるだけで、あなたのためにならない ……」


確かに H 部長の言う通りなのです。一般的な銀行員として必須の業務である、預金や為替 ・融資などの業務を経験せずに海外に行っても、できることはたかが知れています。このままトレーニー派遣されてしまったら、パソコンや IT に詳しいという理由だけで、『何でも屋』として使われてしまうことは容易に想像できました。


当時の私に、「それでもいいんです。私は IT の専門家として自分のキャリアを積んでいくつもりですから !」と反論する気概や将来に対する見通しがあれば、結果も違ったのかもしれません。しかし私には、単に海外でカッコよく仕事をすることしか頭にありませんでした。結果的に H 部長の指摘に対して、何も反論できなかったのです。


H 部長 「少しおせっかいをしてしまったのかもしれないですね。気分を害されたのなら謝ります。申し訳ありません。でも、タカシさん。あなたには、中途半端なキャリアを積ませたくないんですよ」


私は何となくバツが悪くて、下を向いていました。トレーニーに行けなくなったことは、この段階ではどうでもよく、それよりも、ミーハー的に「海外に行きたい !」と思っていた自分を見透かされたようで、はずかしかったのです。


H 部長 「シンガポール支店の情報化に関するあなたの論文は目を通しました。なかなかよく考えられていると思います。スケジュールの中で、システムテストの部分が少し甘いと思いますから、課長と一緒に書き直してください。それができたら、アジアの支店に出張して、業務要件の細部を詰めてきてくれませんかね」


私 「え ? 私が出張していいんですか ?」


H 部長 「アジアの情報化は、トレーニーの片手間でできるような内容じゃありません。業務として、きちんとやり遂げてください」


その後 3 ヶ月ほどの間に、私はシンガポールを中心に、ホンコン・ジャカルタ・バンコクなどのアジア拠点に出張しました。私にとっては初めての海外出張というだけでなく、初めての海外旅行でもありました。


( これは余談ですが、当時私が所属した銀行では、初めて海外に出張する場合に限り、「海外出張準備金」というのが 3 万円支給されました。そのお金で買ったスーツケースは、銀行員時代には 1 回しか使われることがなかったのですが、外資系企業に転職してからは、頻繁に使用することになりました。そのスーツケースには、シンガポール滞在時に泊まっていたホテルのステッカーが貼ってあり、当時の大切な思い出になっています )


結局、システム部には 5 年間在籍しました。H 部長の薦めもあり、私は社内のフリーエージェント制度を利用して、マーケット部門のディーラーに異動することになりました ( No.113 『FA (フリーエージェント)宣言しよう !!』参照 )。


私の人事異動のタイミングは、奇しくも H 部長の異動とも重なっていました。 2 年間システム部長を勤め上げた H 氏は、大方の予想通り、「取締役 総合企画部長」として役員に名を連ねることになりました。当時、H 氏は 40 代半ば。それは大手銀行の役員就任最年少記録を塗り替えてしまうほどの若さでした。


マーケット部門に異動して 1 年目、私は社内の留学生試験に合格しました。実は、そのときの TOEIC スコアが 800 点そこそこですから、本来なら選ばれるような点数ではなかったのです。しかし H 部長が人事部に対して強力に推薦してくれたらしく、私は同期で 2 名しか合格しない難関試験をクリアしました。H 部長も、私がマーケット業務を経験した今なら、海外へ行くことを許してくれたというところでしょうか。ところが、私が留学生試験にパスした数ヵ月後に、銀行の海外撤退が決まってしまい、同時に、私の留学も無期延期になったのです。 (『MBA はお得 ?』参照のこと )


留学が取り消された私は、かなり自暴自棄というか、やる気をなくしていたように思います。業務にも身が入らないし、自己研鑽する気も出ないし …… 何の目的もなく、ダラーッッと数ヶ月間を過ごしていました。


そんなある日の昼休みのこと、H 部長から私宛に電話が入りました。


H 部長 「久しぶりですね。少し、話しませんか ?」


タカシ 「え、あぁ、それでは今すぐ役員室に参ります」


H 部長 「いや、例の …… いつでしたっけ、一度連れていってもらった居酒屋にでも行きませんか ?」


タカシ 「はぁ ?」


H 部長の希望で、なんと夕方の 5 時半に待ち合わせることになりました。思い返してみれば、午後 6 時以前に会社を退社するのは、入社後 5 年にして初めてのことでした。


H 部長 「たまには早く帰るのもいいでしょう ? いつも遅いんでしょうから …… 私もね、ときどき秘書にも行き先を告げずに、5 時頃会社を出ることがあるんですよ。」


私 「そんなに早く出て、何するんですか ?」


H 部長 「この界隈 ( 大手町近辺 ) を、ゆっくりゆっくり、時間をかけて歩くんです。すれ違う人や町並みに注意しながら。そうすると、いろんな人が見えてくる。いろんな会社が見えてくる。銀行だけが全てじゃないんだなって、そんな気になるんですよ …… ま、私には銀行しかしがみつく場所はないんですがね ……」


H 部長は何か思いつめているようでした。確かに、「史上最年少役員」として騒がれ、就任した矢先に業績不振での海外撤退。心労も相当なものでしょう。


H 部長 「タカシさんはマーケット部門では、円の金利スワップを担当しているんでしたっけ ?」


私は当時、マーケット部門のデリバティブ担当ディーラーでした。( No.115 & 116 『華やかなり ( ?! ) トレーダーの世界』参照のこと ) 
私の担当する通貨は「円」で、私以外に 5 名ぐらいが「円の金利スワップ」という取引に従事していました。


H 部長 「仕事はどうですか ? 充実していますか ?」


他の上司になら、「ええ、それなりに面白いです」という嘘をついていたかもしれません。でも、相手は H 部長です。みえみえの嘘をついても仕方ありません。


タカシ 「正直言って、全然面白くないですよ。銀行の格付が下がって以来、顧客も取引してくれなくなったし …… 毎日、ヒマでヒマで仕方ないです。あと、これは個人的な話ですが、留学の方も無期延期になったんで、生活に張りもなくて ……」


H 部長 「システム部時代に、トレーニーに行かせてあげればよかったですかね ……」


そんなつもりで愚痴を言ったわけではなかったのですが、私は自分の発言を訂正しませんでした。H 部長は少し寂しそうな表情をしていました。


しばらく、その場を重苦しい雰囲気が流れました。しかし私は、この沈黙を積極的に打開しようとはしませんでした。心のどこかで、「こうなったのも、全部 H 部長のせいなんですよ。あのとき、トレーニーに行かせてくれていれば、また違った人生になったかもしれないのに ……」なんてことを考えていたのかもしれません。今思うと、なんて自分勝手な考え方なんだろうと呆れてしまうのですが……


沈黙を破ったのは H 部長の方でした。そしてその後すぐ、彼の口から驚くべき言葉が発せられたのです。


H 部長 「学生時代の友人とは、話していますか ?」


タカシ 「ときどき、ですね。もともと地元志向の強い田舎の大学なんで、みんな東京に出てきていないんですよ。」


H部長 「やっぱり、金融関係が多いんですかね ?」


タカシ 「そうですね、当時はバブル真っ只中でしたから。あとは、関西系の電気メーカーとか商社とか、地元の公務員も多いかな ……」


H 部長 「すでに会社を替わった人、転職した人なんていないんですか ?」


タカシ 「え ? そうだなぁ、あんまり聞かないなぁ ……」


--- 沈黙 ---


H 部長 「タカシさん……」


タカシ 「は、はい ?」


--- 沈黙 ---


H 部長 「タカシさん、うちの銀行を、辞めてくれませんか ?」


( 次回に続く )

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

「タカシの外資系物語」の作者、奈良タカシさんへメッセージをお寄せください。

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