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タカシの外資系物語

外資系企業が「 BOM 」で管理しているもの2004.03.26

製造業の考え方に、「BOM ( ボム ) 」というのがあります。BOM = Bill of Material、日本語で言えば「部品表」です。例えば、何かの機械を作る工場があるとしましょう。機械を作るには、鉄板やネジ、歯車などの部品を必要とします。一口に「ネジ」と言っても、1 ミリに満たない小さなものもあれば、大きなものもあります。BOM には、ネジなら 1 ミリ、3 ミリ、5 センチという具合に、その機械の材料となる部品が一覧のマトリクス形式で書かれています。そこには在庫量も記載されていて、「もうすぐ 3 ミリのネジがなくなるな。下請けのネジ工場に発注しておかないと …… 」と言う感じで、工場の生産管理は、BOM を見ながら実施されることになります。


ということで、製造業の業務システムを作る際には、BOM をうまく作ることが重要となります。自社の生産管理はもちろんのこと、日本やアジアの各工場において、どの部品が余っていて、どの部品が不足しているのか、それを瞬時に把握できる企業は、余分な在庫を持たずに効率的な経営ができるというわけです。


私の専門は、金融業のシステムです。金融の世界では、製造業でいうところの「BOM」の概念は存在しません。金融業界の原材料は「オカネ」であって、ドルやユーロなどという通貨の種類はいくつかありますが、製造業の BOM ほどの膨大なマトリクスが必要なわけではありません。


では、BOM という考え方は、製造業だけのものなのでしょうか。実は、製造業ではない外資系企業でも、「BOM」は経営の意思決定において使用されています。今回のコラムでは、外資系企業における「BOM」の使用方法をご紹介しましょう。


今から 2 年ほど前のこと ( 前職の外資系企業に勤めていたときです )。私は社長室に呼び出されていました。話題は、開始を 2 週間後に控えた新規プロジェクトのリソースについてでした。リソースというのは、人員のことです。実は、ある金融機関のお客様との業務改革プロジェクトについて、先方役員の了承を得たものの、いざスタートする段階になって、こちら側の人員が不足していたのです。要は、「仕事は取れたが人がいない」という状況。ま、こういう状況はどこの会社にもあるわけでして、提案段階では人繰りの目処がついていたものの、お客さんの意思決定が遅くなってしまう ( 即断してくれない ) ために、当初確保していた人材がどんどん他のプロジェクトに持っていかれてしまうわけです。


気付いたら、確定している人材はプロジェクト・マネージャーの私しかいません。提案では 5 人のコンサルタントをアサイン ( 配置 ) することになっているのにもかかわらず …… です。


「こんなんじゃ、プロジェクト開始できませんよ。社長が重要顧客だから何としてでも取れ ! って言うからやったのに …… 何とかしてください ! でなきゃ、会社辞めますよ !」


窮地に立たされた私は、事業部長を飛び越えて、社長に直訴していました。


「わかった、わかった。じゃ、俺のいるところでアサインするリソースを直接決めてやるから、社長室に来なさい ……」ということで、私は社長に呼び出されて、社長室の前で待っていました。


「タカシ、こっちの部屋に入って ……」


私が通されたのは、社長室の横にある、通称「開かずの間」でした。前の会社では、「オープンドアポリシー」(  『社長室のドア』参照 ) を採用しており、すべての役員室のドアは開放されていました。しかし、この「開かずの間」だけは、常にカギがかかっており、一般の社員は入れないようになっていました。


その部屋には、社長秘書ですら入ったことがありません。中には何があるのか …… 社員の間には次のように噂されていました。


・ 社長に逆らった者を閉じ込めておく「座敷牢」がある ( 奥には何人かのミイラが ! )


・ または、社長に逆らった者を裁く「お裁き所」がある ( 大岡越前みたいに …… )


・ 役員連中がくつろぐ「ミニバー」がある ( 私も一杯やりたい …… )


「社長にあれだけえらそうに言っちゃったからなぁ …… 座敷牢に入れられたらどうしよう …… トホホ ……」


私は恐る恐る、その「開かずの間」に足を踏み入れました。部屋の中には、社長と金融部門の事業部長、そしてリソース配分を担当している役員が座っていました。


「タカシ、こういうのは私に一声かけてくれなきゃ …… 困るなぁ、もう ……」


金融部門の事業部長は苦虫をかみつぶしたような顔で言いました。あんたが早く動いてくれりゃ、こんなことにならなかったんだよ ! 私はつぶやいて、社長の方を見ました。


「で、だ、タカシよ。いったい、どんな人材が欲しいんだい ?」


このように尋ねた社長の視線の先には、壁一面のホワイトボード。そこには、膨大な数のマグネットが貼り付けてあり、マグネットには社員全員の名前が書いてあります。その「社員マグネット」は、ホワイトボード一面のマトリクスにマッピングされています。


「こ、これは …… ボ、BOMだ …… 」


それは正しく、社員を部品に見立てた「BOM」そのものでした。各社員のランク、スキル、資格、経験をはじめ、現状売れているのか余っているのか ( プロジェクトにアサインされているかどうか )、前期のボーナス査定の評価まで一目瞭然でした ( もちろん、金額はわかりませんでしたが )。会社の幹部は、この「BOM」を見ながらリソースのアサインを決定していたのです。


なんか「将棋のコマ」みたいな扱いで、なんとなくいやな気分がするのですが、一方で、非常に効率的な管理方法だと感心させられたのも事実。資格や経験など、極めて客観的な基準のもとで、各人に適したプロジェクトが決められていきます。そこには、単に目立っているとか、声が大きいから、なんていう主観的な要素はないわけで、実力があればそれなりの仕事にありつけるわけですから。


「プロジェクトに必要な人材は、( 1 ) 銀行出身者 ( 2 ) 業務フローを書くことができる ( 3 ) パッケージ ・ ソフトウェア ( 特に ERP ) の導入経験がある、てな感じでしょうかね」


さすがに、これら 3 つの条件を満たす「部品」は存在しなかったのですが、何人かの人材を組み合わせることで、私が頭に思い描いていたチームに近いものが出来上がりました。やっぱり、社長同席だと、話が早い ! よかった、よかった。


「タカシ、くれぐれも、この人材マトリクスについては、スタッフのみんなには内緒だぞ !」


「わかってますよ。言いふらしたって、何の得にもならないし ……」


そう言いながら、ひとつ気になることがありました。それは、部品は部品のまま変化することはありませんが、人材は成長して変化していくということです。将棋の「歩」だって、敵陣に入れば「金」に成ります ( 将棋に詳しくない方、すみません。弱い駒がパワーアップするんです )。例えば、金融部門に所属している人材が、経営戦略部門の仕事がしたいと考えた場合、どうすれば希望がかなえられるのでしょうか。実は、当時わが社の退職者の大半は、「自分は○○の部門にいるが、△△の仕事に興味を持っている。でも、今のままでは実現できないので転職する」という理由で会社を辞めていました。


「あのぅ …… ちょっと参考までにお聞きしたいんですが ……」


「何だね ?」


「もし、社員がですね、そのマトリクスで分類されている分野以外の仕事をしたいと考えているとしたら、会社はどうやって実現をサポートしてやるんですかね ?」


みんな、しばらく顔を見合わせていました。沈黙にいたたまれなくなったのか、社長がおもむろに口を開きました。


「それはだね、タカシ。正直言って、会社はそこまで面倒は見切れんのだよ。やりたいことがあれば、やりたいと手を上げて言えばいいじゃないか。それが妥当なら、会社としても考えてやる ……」


実は私もそう思います。会社は、現状の戦力を客観的に把握して、日々の業務を行っているわけです。まだ実現されてもいない個人の夢や希望につきあっているわけにはいきません。


一方で、やりたいことが別にあると考えている多くの人材は、それが実現できずに煩悶とした日々を送っています。特に優秀な人材ほど、現状の業務には飽き飽きしているケースが多く、彼らの不満は「BOM」的人材管理ではかなえられません。


上記のような「BOM」的人材管理を行っている企業は、私が所属していた外資系企業だけではないでしょう。それらの企業に共通する課題は、「いかに現状と将来のバランスをとるか」ということだと思います。そのためには、経営者自らが「将来像」を語る必要があると思います。社員が不満に思うのは、「先が見えない」ということです。会社の将来が明確ならば、将来のどの時点で、自分はこのような人材になっておこうという計画が立てることができます。また、将来像が明確な企業は、具体的な人材戦略も立てやすいので、教育・研修にも熱心です。そうやって、BOMそのものの枠組みを広げているわけです。


経営層のみなさん、「BOM」( 部品表 ) による人材管理が「BOMB」( 爆発 ! ) してしまわないよう、くれぐれもご用心くださいね !

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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