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タカシの外資系物語

南青山の鉄人2004.02.27

先日、南青山にあるイタリアンレストランに行ってきました。南青山 …… この、おしゃれで上品かつ芳醇な響きは何なのでしょう ? 西麻布、代官山 …… なんてのも、同じ種類の響きですね。田舎者の私にとっては、憧れがある一方、なんとも近寄りがたいイメージがあるのも事実。神田や新橋の赤ちょうちんの方が、肌に合っているような気もします。ただし、南青山については、このコラムでお世話になっている「ダイジョブ」のオフィスがある関係で、何度か足を運んだことがありました。ですから、キョロキョロせずに自信を持って歩くことができます ( なんか、情けない話ですが …… )。


私のイメージでは、南青山というのはおしゃれなブティックが立ち並ぶファッションの情報発信基地、てなところでしょうか。かといって、騒がしくもなく、年齢層もそれ相応。街並自体は、ロンドンに非常に似ていると思います。以前ロンドンで 6 ヶ月ほど仕事をしていた際に( 『ロンドン紀行その 1 & 2 』参照のこと ) 、私は Knightsbridge という駅のそばのアパートに住んでいました。近くには「ハロッズ」という有名なデパートがあり、その周辺にはおしゃれなブティックの数々。そのたたずまいは、まさにこの南青山そっくりでした。「なつかしいなぁ ……」なんて、感慨にふけるほどにロンドン生活を堪能していたわけでもないのですが、少しだけノスタルジックな気分になったのは事実です。


少し余談になりますが、私がロンドンの Knightsbridge にいたのは、実は 3 週間程度でした。当時私は、Bank という金融機関がたくさんある駅 ( 日本で言うと大手町みたいな感じ ) まで通っていたのですが、通勤に非常に時間がかかる上に、その電車が頻繁に遅れるということで、「こりゃたまらん ……」とアパートを引っ越したのです。


次に住んだのは、Old Street という駅のそばでした。Bank からもその気になれば歩ける距離です。Old Street を日本の町に例えるのは非常に難しいですね。なぜなら、「何もない」からです。駅前には、フットボール・バーが 2 軒ほどありましたっけ。まぁ、日本の居酒屋だと思ってください。ただし、フットボール・バーというのはサッカーの試合があるときには、フーリガン ( イギリスの根狂的なサッカーファン ) の溜まり場になります。ひいきのチームが勝ったときはいいのですが、負けたときなどは本当に手が付けられないほどに暴れまわるのです。幸いにも、私は負けたときのフーリガンに巻き込まれたことはないのですが、勝ったときの大騒ぎに巻き込まれたことがあります。そのときは、見知らぬイギリス人と肩を組んで 20 分ぐらい踊らされました。まぁ、楽しいといえばそうなのですが、こっちは仕事でクタクタに疲れているのですからたまったものではありません。


「Hey, boy! You Enjoy?」


「Haaa… ( いい加減に勘弁してくれよーーー。Knightsbridge に戻りたいよーーー。トホホ …… )」


ということで、私は Knightsbridge が好きであり、Knightsbridge に似ている南青山も好きだというわけです ( なんのこっちゃ )。


表参道の駅から骨董通りの方へしばらく行くと、お目当ての店「リストランテ ○○」がありました。今日は、ここのメインシェフのオレステさんに会いに来たのです。


私がオレステさんと初めて会ったのは、今から 2 年ぐらい前のこと。私が住んでいる町に、彼のお店がオープンしたのです。私が住んでいるのは横浜ではかなりの繁華街なのですが、それまで本格的なイタリアンのお店はほとんどありませんでした。オープンして間もなく、私は家内と一緒にその店に行きました。


オレステさんの料理の特徴は、「素材の味を十分に活かす」ということに尽きます。香辛料やお酒 ( ワインなど ) をほとんど使わないのです。オレステさんが定期的に開いていた料理教室に私たち夫婦も参加したのですが、その調理法にビックリ。どんなパスタを作るときにも、塩を一つまみ使う以外は、調味料をほとんど入れません。それでいて味が濃厚なのです。


「日本のイタリアンはなんか、味濃すぎるよね。イタリアの人はこんなの食べてないよ」


彼は流暢な日本語で、よく言っていたものです。


「本当に、おいしいねーー」 私は間違いなく、彼の腕 = スキルを評価し、そして感動していました。「手に職をつける、っていうのは、まさにこういうことなんだよな ……」


それ以来私たち家族は、月に 2 回は彼のお店に通っていました ( 夜は高いので、もっぱらランチでしたが …… )。それが、去年の 10 月頃でしょうか。彼の姿を急に見かけなくなったのです。私は顔見知りの店員さんに尋ねてみました。


「オレステさん、どうしたの ? 最近見かけないけど ……」


「それが …… お店移っちゃったんです ……」


「え ! そうなんだ …… なんか寂しくなっちゃったね ……」


私は自分の転職と時期が重なっていたため、何だか感慨深い思いになりました。


「あれだけの腕があれば、どこでも雇ってもらえるんだろうな ……」


それから 3 ヶ月ほどたったある日、私の携帯に電話をかけてきたのは、あのオレステさんでした。


「タカシ、お久しぶりだね ! 連絡できなくてゴメンね。新しいお店、できたよ。前の店のみんなに悪いから、できるまで黙ってたんだよ」


「行くよ、行く行く ! 今度の週末に、絶対行くよ !」


…… ということで、南青山にある彼の新しいお店にやってきたというわけです。


「だ、大丈夫かな ……」


財布のお金を気にするぐらい、それはそれはゴージャスなお店です。エントランスから覗くと、オレステさんが以前と変わらぬ笑顔で手を振っていました。


「いらっしゃい、いらっしゃい。ホントにありがとね。どんなの食べたい ?」


「なんでもいいよ。オレステさんに任せるから ……」


「うーーん、困ったね。私の料理、全部食べちゃってるでしょ。ちょっと考えてみるね」


確かに、私たち夫婦は彼のレパートリーをほとんど食べ尽くしているはずです。さてさて、何をごちそうしてくれるのやら、楽しみです。


「ふーーーーー、ごちそうさま。おいしかったぁ ……」


「ありがとね、ありがとね ……」


本日も、彼の腕は冴え渡っていました。いつ考えたのかと思うほどの新作ラッシュ。彼は私たちに微笑むと、また厨房に消えていきました。


思えば、彼は私より 5 つも年下です。ナポリの料理学校を卒業して、単身日本に乗り込んできてはや 5 年。今や一流レストランのメインシェフとして、 10 人ものスタッフを使っているのです。さて、これを自分自身に当てはめてみたらどうでしょう。例えば単身イタリアに乗り込んで、何ができるでしょうか。寿司を握るにも、そもそも私は包丁すら使えません。いや、料理ではないにしても、これほどまでにお客様から評価を受け、感動させることができるでしょうか。


私は社会に出てから、すでに十数年が経過していますが、実はこれといって自慢できるスキルがありません。「外資系で IT コンサルタントだ !」とえらそうに言ってみたところで、所詮は非常に限定された世界の話です。 5 年後、いや 3 年後に業界そのものがなくなっていても不思議ではありません。また、日本で仕事がなくなった場合に、欧米で通用するほどのスキルや語学力があるわけでもありません。


一方、世の中からイタリアンレストランがなくなることはないでしょう。確かに、シェフと IT コンサルタントでは、その母集団となる人数があまりにも違うので比較できない部分はあるのでしょうが、それにしても彼の方が「つぶし」が効くような気がしてなりません。これはなぜなのでしょうか ?


大きな理由の 1 つは、彼が経験してきたものに比べ、私の経験があまりにも貧弱で甘ちゃんだということが挙げられます。彼はナポリ料理学校というシェフのエリート校で専門的に料理を学びました。そして言葉の通じない日本で、これまでにものすごい苦労をしてきたわけです。


一方の私は、普通科の高校を出て、ごく普通の平均的な大学の、これまた普通に経済学部に入り、ほとんど勉強することもなく卒業しました。何の主体性もなく就職した銀行が破綻した後、ちょっとだけかじった IT の知識を使って、何とか日々暮らしています。外資系企業に所属しているものの、欧米に単身乗り込んで仕事をこなすことなどできません。


私は、シェフやデザイナーや大工さんなどの「職人」と IT コンサルタントを比較して、その優劣の議論をしているわけではありません。ただ、職人になるには、IT コンサルタントになる以上の時間と労力と情熱とやる気が必要だと思うのです。そしてその結果が、「顧客に与える感動」という差として現れているのではないかと思うのです。うまく説明できないのですが、私はオレステさんを尊敬しています。違う世界に生きる「鉄人」として。


「じゃ、また来るから。今日はごちそうさま ……」


「今日はホントにありがとね、ありがとね …… あ、それとね ……」


オレステさんは、私の耳元で次のようにつぶやきました。


「今はまだ、自分のお店じゃないのよね。雇われてるのよ。 3 年間頑張ってお金貯めて、自分の思い通りの店作るから、楽しみにしててね ……」


彼は今後も前に進み続けるようです。今宵は、「南青山の鉄人」に乾杯 !

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

「タカシの外資系物語」の作者、奈良タカシさんへメッセージをお寄せください。

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