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タカシの外資系物語

転職・奥の細道 ( その 2 )2003.10.31

前回の続き )新しい会社のボスである M 氏の PC 画面には、私が前の会社で一緒にやっていた K くんのレジュメが表示されていました。


「このレジュメからすると、タカシと一緒にやっていたこともあるようだね。どんな人かな ?」


どんな人って、私の下にいたんだから、優秀なスタッフに決まっているじゃねぇか ……


タカシ 「極めて優秀ですよ」


M 氏 「セールスできるかな。つまり、案件取ってこれるかな ?」


私は少し戸惑いました。確かに私と K くんは、長い間同じチームにいたのですが、セールス活動はほとんど私がやっていました。売り込みの段階で、クライアントの矢面に立つのは、それなりの経験が必要です。私は K くんにはそういった役割ではなく、主に案件を取った後のプロジェクト管理を任せていたのです。


タカシ 「大丈夫だと思いますよ。ま、本人に聞いてみてください」


M 氏 「そうだね、とりあえず会ってみるよ。その後でまた話そう」


私は極めてクールに対応しました。本心では、「お願いだから採用してくれーーー。ヤツがいたらすっごく助かるんだよーーー(T-T)」と叫んでいたのです。でも、前回お話したとおり、この会社に来るかどうかを決めるのは、K くん自身です。もしかしたら、M 氏との面談で、K くんは「この会社、自分の考え方と、ちょっと違うな……」と思うかもしれません。私がゴリ押しでK くんを入社させたら、K くんに逃げ場がなくなってしまう、そういう結果だけは避けねばなりません。


「面接頑張ってくれよ、お前ならきっと大丈夫だから。今までやってきたことに、誇りと自信を持って話せばいいんだから、絶対うまくいく …… 」


まるで受験生を持つ親のような心境です。


「いちおう、俺を慕って、ついてきてくれたのかな ……」


自分で決めろ、自分の人生だ、などと言っているわりには、矛盾することを言っていますね。でもなんだか、うれしような、ホットした気持ちになったのは事実なのです。


転職することを発表して以来、何人もの同僚からメールをもらいました。それは、「元気で頑張ってください」といった感じの、わりとよくあるタイプのものから、「一緒に ( 前の ) 会社を変革しよう、って言ってたのに、裏切る気か !」とか、「タカシさんはわれわれを見捨てるんですね !」みたいな恨み節まで様々でした。中には、「私も連れて行ってください」というのも 2 人ぐらいいましたが、そのような人たちには、私は次のように答えました。


「転職はかっこいいものではありません。自分が何をしたいかを冷静に考えて、まず今の会社でそれができないか判断してみてください。できないと判断したなら、自分が何をしたいかを私に話してみてください。私が理解できている範囲で、私が転職する会社の方針をお伝えしますので、自分の考えとマッチするようなら、自分で応募してみればいいと思います。この会社では、私には実績も何もないので、○○さんを採用するほどの力はありません」その後、その 2 人からは何も返事がきていません。これをきっかけに、自分を見つめなおしてくれているとすれば、うれしいのですがね。


前の会社では、明確な組織は存在せず、プロジェクト案件毎に人が集まって、終われば解散ということを繰り返していました。ですから、「A 銀行・業務改革プロジェクト」「B 社 ERP 導入プロジェクト」みたいな呼び方で、スタッフ同士のつながりがなされていました。


転職するにあたって、過去に私が関与したいくつかのプロジェクトのメンバー有志が、私の送別会を実施してくれました。


「それでは、タカシの今後の発展を祈念いたしまして、カンパーーーーーーーーーイ !」


なんてのを、何度もやってもらったのです。本当にありがたいことです。


「あーーあ、先を越されたなぁ ……」


「え ? あの会社に行くの ? やめたほうがいいと思うよ、けっこうヒドイらしいよ」


「いつでも戻ってきてくださいよ。でもそのときは、私の下でやってもらいますからね !」


祝福 (?) の言葉は人それぞれ違いました。でも間違いなく同じことがあります。それは、みんな素晴らしい「仲間」だった、ということです。うーーーん、ちょっと泣けますね (T-T)


入社 2 週目の今は、まだ大した仕事がないので、どうしても周りの会話が耳に入ってきます。


「B 銀行向けの提案だけど、○○( 私の前の会社 ) とコンペ ( =入札 ) になっちゃったよ。うちは IC カードのソリューションでいくけどね ……」


お、いいことを聞いたぞ、早速 Jim に連絡、連絡っと …… やべ、転職したんだった。いまはこっちにいるんだった …… なーんてことも結構あります。前の会社を忘れるには、やはりもう少し時間がかかりそうです。そのうち、そんなノスタルジックな気持ちにもなっていられないほど、忙しくなるのでしょうがね。


『草の戸も住み替る代ぞ雛の家』これは、『奥の細道』( 序文 ) に出てくる俳句です。「草の戸」というのは、松尾芭蕉が以前住んでいた、薄汚い家のことを言っています。「雛」というのは小さな女の子のことです。


「久しぶりに前住んでた家にいってみたらさー、小さな女の子のいる家族が住んでんだよねーーー。オレがいたころなんかにゃ想像できないぐらい、なんか明るくてかわいい家になってたから、ぶったまげたよ !」なんて感じでしょうか。


私も、前の会社での最終日、自分のデスクに寄ってみました。2 週間ほど休暇をとっているうちに、すでに次の人が座っていました。Jim のグループに入った新卒の女性のようでした。


終身雇用が崩れた昨今、「会社」というのは一生勤め上げるものではなく、自分のライフステージに応じて移っていくものに変わってきました。いわば、「旅人」のようなものです。松尾芭蕉も『奥の細道』の冒頭で、「人生というのは旅人のようなものだ ( 月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり )」と言っています。同じ旅なら楽しいにこしたことはありません。私も、行く先々での出会いを大切にして、自分なりの「旅」をエンジョイしたいと思っています。

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

「タカシの外資系物語」の作者、奈良タカシさんへメッセージをお寄せください。

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