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有元美津世のGet Global!

スリランカ(1) - 経済危機2022.04.26


 私は、2月から3月にかけて1ヵ月スリランカに滞在していたのですが、同国の深刻な経済危機に関しては、日本でも少しは報道されていますよね。昨日も「スリランカってインドだよね?」というアメリカ人と話をしたところで、残念ながら、スリランカがどこに位置するかも知らない人が、世界の大半を占めているのでしょう。

 日本では、アーユルヴェーダ(Ayurveda)で、スリランカは結構、知られているようですが、最近では、スリランカ人女性が入管収容中に亡くなった事件で注目を浴びました。この女性も、元々、日本語学校に通うために来日していましたが、日本へのスリランカからの留学生数は、コロナ前までは増え続け、中国、ベトナムネパール、韓国、タイに続き、6位でした。

デフォルト(債務不履行)

 

 スリランカの通貨危機に関しては、2月に簡単に触れましたが、元々、外貨が不足し、燃料を含む輸入品に対して支払いができない状態に陥り、電気や燃料、生活物資が不足する経済危機へと急速に悪化していきました。

 スリランカは、食品から医薬品まで生活物資の大半を輸入に頼っているため、輸入が滞ると市民の生活を直撃するのです。2月前半時点では、一般市民の生活は困っているようには見えませんでしたが、貧困層では、すでに値上がりしていたプロパンガス(LPG)を買えず、灯油(kerosene)で調理をしているという話を聞きました。(停電や燃料不足などの現地事情については次回。)

 昨年7月には、同国の外貨準備金は28億ドルにまで落ち(2019年から3分の1に)、9月には大統領が経済非常事態宣言を発令しました。今年1月の債務支払いは、中央銀行が金を売って何とかしのいだものの、3月には外貨準備金は19億ドルまで落ちました。1ヵ月分の輸入物資の代金を支払えば、準備金はほぼ底をつくという状態です。7月に迫っている満期の国債10億ドルの返済など到底無理です。

 端的に言うと、市民の生活のために輸入物資に対して支払いを行なうと債務返済ができず、債務返済を優先すると、市民が飢え死にするという究極の状態なのです。

 スリランカの債務問題は、近年、始まったものではなく、債務は過去10年ほどずっと増え続けていました。2017年には、中国による「債務の罠(debt trap)」が世界を騒がせました。2010年に開港したハンバントタ港(Hambantota)建設に要した債務返済に窮し、同港は中国に99年にわたり租借(さらに99年更新可能)されることになったと言われていますが、租借によって借金が帳消しになったわけでなく、租借収入は別の債務返済に充てられているようで、実際には外貨獲得が目的のようです。

 今回のデフォルトも中国による債務の罠が原因という人もいますが、2007年から、スリランカは返済の目途もなしに、どんどん国債を発行し、外貨準備金は、輸出による収入ではなく、海外からの債務(借金)から成っていたのです。

 スリランカ国内では、オンラインコミュニティでスリランカの若者が「ロシアは西側から制裁を受けているが、我々は自らに制裁を科した(we sanctioned ourselves)」と言ったように、あまりにも無能で汚職まみれの政府が経済危機の原因と見る向きが主流です。この話は、また後日詳しく。

 スリランカは、先週、債務再編(debt restructuring)のためにIMFとの協議に入り、対外債務の支払いを一時停止すると発表しました。ついこの間まで、中央銀行は「IMFによる介入は必要ない。他の策(中国)がある」と言っていたのですが、中国がスリランカが懇願している債務再編に応じなかったからでしょうか。(インドは、一部返済猶予。)

 

観光業への打撃

 

 昨秋、私が「スリランカに行く」と言うと「危なくない?」と言った日本の方がいるのですが、これは、多分、2019年に連続爆破テロ事件(Easter Bombings)があったからだと思います。私も、2009年に、20年以上続いた内戦(civil war)が、やっと終わったのに「また勃発?」と当時思ったのを覚えています。

 このテロ事件によって、スリランカの観光業は打撃を受けたわけですが、さらに翌年にはコロナ勃発で、2年近く観光客を受け入れられず、90億ドルほどの観光収入が失われたと言われています。

 今年やっと観光客が戻ってきたと思ったら、この経済危機で、停電や燃料不足というニュースに、2月にはスリランカ行きをキャンセルする観光客が出てきていました。先週、政府に対し抗議デモをする市民に対し、警察が発砲して死者が出てしまい、「危険」というイメージが世界に広がってしまったので、今後、海外からの観光客は減るのではないかと思われます。

  なお、1月2月は、ロシア人が海外からの観光客の16%を占めて、一番多かったのですが、これも、ロシアによるウクライナ侵攻で、ピタっと止まってしまいました。

 観光業がスリランカのGDPに占める割合は13%ほどで、外貨獲得ソースとしては第三位です。すでに、外貨準備金が減っていたところに、観光業の低迷で外貨準備金がさらに減ってしまったのです。そこに、ロシアのウクライナ侵攻でエネルギー価格が高騰し、泣きっ面に蜂状態なのです。

 

インド洋の安全保障


 「スリランカなんて南アジアの小国、日本と無縁だし」と思う人もいるかもしれませんが、スリランカが抱える対外債務の10%は日本が貸し付けたもので、中国の10%と並んでいます。(さらに中国主導のアジア開発銀行が13%。中国の10%というのは中国政府のもので、それ以外の対中債務があるとも言われている。)また、緊急融資が必要なスリランカは、日本にも支援を打診しています。

 経済危機に陥っているスリランカを隣国インドが融資をしたり、石油や生活物資を送ったりして支援していますが、それはスリランカが中国の手中に落ちることを防ぐためです。2017年にハンバントタ港が中国に租借されることになり、インドにとっては大きな脅威となりました。インドとしては、インド洋の安全保障の要であるスリランカが、これ以上、中国の傘下に入ることは何としても避けたいのです。なお、スリランカだけでなく、(やはり経済危機に陥っている)パキスタンやバングラデッシュ、ミャンマーなどが中国に取り込まれつつあり、中国による「インド包囲網」は着実に広がっているのですから。

  インド洋には、日本が中東から石油を運ぶシーレーン(有事の際に確保すべき海上交通路)があり、インド洋の安全保障は、日本にとって決して他人事ではないのです。

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この記事の筆者

有元美津世

大学卒業後、外資系企業勤務を経て渡米。MBA取得後、16年にわたり日米企業間の戦略提携コンサルティング業を営む。社員採用の経験を基に経営者、採用者の視点で就活アドバイス。現在は投資家として、投資家希望者のメンタリングを通じ、資産形成、人生設計を視野に入れたキャリアアドバイスも提供。在米30年の後、東南アジアをノマド中。訪問した国は70ヵ国以上。
著書に『英文履歴書の書き方Ver.3.0』『面接の英語』『プレゼンの英語』『ビジネスに対応 英語でソーシャルメディア』『英語でTwitter!』(ジャパンタイムズ)、『ロジカル・イングリッシュ』(ダイヤモンド)、『英語でもっとSNS!どんどん書き込む英語表現』(語研)など30冊。

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