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第7回 ペルーでの生活

前回はペルーとはどういう国?ということで、歴史、政治、経済等一般的なことを述べましたので、今回は生活についてお話したいと思います。

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気候:

ペルーの国土は地形で3つに分けられています。砂漠が広がる海岸のコスタ(COSTA、12%)、アンデス山脈が連なる高地のシエラ(SIERRA、28%)、アマゾン川流域の森林のセルバ(SELVA、60%)です。地域によって気候は異なります。

ここでは私の駐在地であった、コスタにある首都リマ(Lima)についてお話します。南半球ですから気候は日本と逆になります。夏は12月~2月で、日本の6月頃の暑さです。沿岸には非常に冷たいフンボルト海流が南から流れて来ており、南緯12、13度にもかかわらず海岸に面したリマはそれ程暑くはならないのです。海の水が冷たいので、海岸では遊びますが泳いでいる人はいません。

冬は6月~8月で、日本の冬の背広でちょうどいい位の気温ですが、殆ど陽が射さず曇りの日が続きます。そして冷たい海流と暖かい陸地の狭間にある関係で、霧がかかる日が多いのがリマの特徴です。(特に午前中はひどいです。)1年を通じて雨は降りません。

オフィス(オフィシナ、OFICINA):

前回の気質でも書きましたが、ペルー人は比較的大人しいのでオフィシナ内も割合静かでした。経理・総務を担当する女性は日系3世でしっかりしていましたが、日本語も英語も話せませんでした。運転手は日系2世の男性で日本語を話し、真面目な人でした。現在の働き盛りの日系人(3世以降)は殆ど日本語を話せません。

オフィシナの行事ではクリスマスパーティーが印象に残っています。主管者である私の家(公館と呼んでいました)にスタッフが家族や恋人連れで集まり、賑やかに過ごしました。その他、歓送迎会はオフィシナ近くの中華飯店などで行いました。

通信インフラですが、当時は日本とのコミュニケーション手段はテレックスでした。FAXもありませんでしたし、電話回線も限られており、電話の増設も殆ど不可能な状態でした。現在はメールもありますし、電話も問題が無くなったようです。

住居:

産業の中心は銅、亜鉛、銀、金などの鉱業と、1960年代には世界一の漁獲量を誇った水産業です。日本にはコーヒーも輸出しています。石油も産出していますが規模、ロケーションともに悪く到底自立出来るものではありません。慢性的に貿易赤字と失業率が高く、貧困層が多いという恒常的な問題が続いているようです。

買い物:

衣類、雑貨類は殆ど日本から持って行った物で間に合わせました。ここでは食料品について、売り場の場所毎に分けて述べたいと思います。

・セントロ(旧市街)地区公設市場周囲の路上:魚、貝類を購入。各種の豆類、乾物も売っていました。

・小さな埠頭がある海岸:魚類を購入。魚はタイ、ヒラメ、アジ、ボニート(カツオとマグロの中間)など、種類は少ないのですが新鮮なものを手に入れることが出来ました。肉が品薄で手に入らず、1ヶ月まるまる魚だけの時もありました。

・住宅地に近い公設市場とその周辺の路上屋台:野菜、果物、鶏など。

・肉屋:牛肉はなかなか買えませんでした。(輸入品の為、外貨の調整で月の半分は店に出ないという期間が長く続きました)ハムは買えましたが豚肉はあまり買えませんでした。

・日系人の店:豆腐、かまぼこ類、乾物類、調味料等大体の日本食材は買うことができました。(日本と比較すれば品質は少し劣りますが…。)ただ、お米は日本のような美味しいのが少なく、手に入れるのに苦労しました。

外食:

日本料理店や中華料理店もありましたが、ここでは私が好きだったペルー料理を紹介します。

・シェビッチェ:魚介類(アジ、タイ、イカ等)の刺身と、玉ねぎとセロリの細切を混ぜてレモン(日本のものより丸くて酸味が強い)汁に漬け、ピーマンのような形の凄く辛い唐辛子を切って乗せる酸っぱくて辛い刺身です。

・ザリガニだしのス-プ:ザリガニでだしをとったスープに魚介類や豆、野菜が入っている茶色のス-プで、何とも言えない美味しいス-プでした。

・パチャマンカ:ペルー伝統の民族料理でパーティーに登場します。深さ1メートル以上の大きな穴を掘り、底にカンカンに焼いた石を敷きます。その上に手作りの大きな鍋(フライパンのような)に豚や鶏を丸ごととジャガイモ等の野菜をのせます。その上にたっぷりバナナの皮をかぶせ土を盛り、2時間以上経ってから鍋を取り出すと肉の蒸し焼きが出来上がっています。大勢でお酒を飲みながら食べるのはとても楽しかったです。

駐在員の娯楽:

・ゴルフ:駐在員がプレイできるゴルフ場が3箇所ありましたので楽しみました。日系人との混合や駐在員仲間のいろいろなコンペで楽しみました。

・ソフトボール大会:大使館、日本人学校、企業の駐在員が4チームに分かれて年一回対抗戦がありました。家族ぐるみの応援で盛り上がりました。

・釣り:時々、息子を連れて海岸沿いの高速道路を1時間位のドライブの後、小船で少し沖に出て釣りをしました。サバやアジ(サバと同じ位大きな)がどんどん釣れました。

・カラオケ:今ではカラオケ店もたくさんできているようですが、当時はまだいい機械がなく、それほど盛んではありませんでした。

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観光:

ペルーと言えば、クスコ/マチュピチュ、ナスカの地上絵が特に有名です。日本からの多くのペルー(もしくはブラジルと組んだ)周遊ツアーの企画があり、また、世界遺産を紹介するテレビも多くあり更に有名になっております。中でも、マチュピチュは最近のNHKの有識者アンケートで人気第1位になっております。

リマ市内には、国立人類考古学博物館、黄金博物館があります。もう1つ見逃せないのは天野博物館です。元々は実業家として中南米で活躍していた天野芳太郎さんが戦後ペルーに移り、自分で土器や織物を発掘、研究し私財を投げ打って建設しました。それらの発掘物が年代別に配列されています。見学は、予約をすると解説付きで案内をしてもらえました。

医療:

駐在員には中規模の良い病院がありました。アメリカで勉強をした歯科医もいて、医療面での問題は特にありませんでした。


7回にわたり、海外生活を始める心構えと準備、そして一般的にあまり知られていないベネズエラ(カラカス)とペルー(リマ)両国の紹介と生活についてお話しました。これから海外生活を始めようとされる方々の参考になれば幸いです。海外生活を大いに楽しんでください。



2008年8月
高端正直

 
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