第4回でベネズエラの概況をテ-マにしました。
今回は首都カラカスでの具体的な生活について書きます。
カラカスは、北緯13度位(タイ・バンコクとほぼ同じ緯度)に位置していますが、標高800~1,000mの高地なのでそれほど暑くはありません。気温は日本の5月から6月と同じ位で、年中カラッとしています。1~2月の雨期には一日のうち数回シャワ-のような雨が降りますがしばらくすると止んで、晴れてきます。それ以外はほとんど晴天です。私が乗っていた自動車にはク-ラ-はありませんでした。住宅も普通はク-ラ-はついていませんでしたがそれでも過ごせたのです。
一方、マイケティーアというベネズエラの国際空港はカラカス市内から車で1時間弱のところにありますが、カリブ海に面した平地なので日本の真夏のように暑いです。
オフィシナ内は国民柄、和気あいあいで楽しく仕事ができる環境でした。催し物は次のようなものがありました。
*誕生会:毎月一回、仕事後に、オフィシナの会議室でその月の誕生日の人のお祝い会をしました。飲食は乾き物とお酒(ビ-ルとウイスキ-)と簡素なものでしたが、賑やかでした。
*秘書の日:10月でしたか、この日はどこのオフィシナもレストランやクラブの食堂(屋外も利用)等で全員の昼食会をしました。勿論、アルコ-ル付きなのでこれも賑やかでした。
*歓送迎会:これは全員対象ではありませんでしたが日本からの駐在員は必ずやりました。場所は主管者の家であったり、レストランであったりまちまちでした。
週末の午前中は家族で食料品の買い物に出掛けました。
ス-パ-マーケット:野菜と果物は貧弱なものが多く、白菜は非常に細いものしかありませんでした。トマトはタテに長いイタリア風で食べる所が少ないものでした。なぜかクレソンだけはしっかりしていて、サラダやお浸しにしてよく食べました。果物はりんご、オレンジ、パパイヤ、スイカがありましたがそれ程美味しいとは言えませんでした。ただ、ほんの短い時期ですが、子供達が高速道路に入り込んで売っていたマンゴは美味しかったのを今でも懐かしく思い出します。
コーヒー:レストランやコ-ヒ-ショップでは美味しいコ-ヒ-が飲めましたが、ス-パ-では殆ど売っていませんでした。輸出に回されてしまい国内で一般に売られる分が無くなってしまっているということらしいです。
魚屋:種類は少ないですが新鮮な魚を売っている魚屋が2軒あり助かりました。魚を食べるのは上流社会の人なのでしょうか、並んでいるわけではないのに客同士が順番を覚えており気持ち良く買い物ができました。
肉屋:牛肉は一般的に固くてヒレを買うことが多かったです。ここでは薄く切って食べる習慣がなく塊でしか売っていません。薄く切ってくれる店を探してチップを払って切って貰いました。豚肉、鶏肉もありましたが日本程は食べないので種類は少なかったです。
お米:一番困ったのはお米でした。売られているのは日本で言う外米(粘りが無く、少し臭い)でした。時々、中国人の店で日本米に近いのが出ることがありました。その米を確保するために、情報網を張って教えあったり店の人と親しくなったりしていました。
カラカスは経済的に余裕がある人が多いので、中南米の中でも人口の割に高級レストランが多い所でした。
イタリアン:今でこそ日本ではイタリアンレストランが多くありますが、30年位前は殆どありません。スパゲッティはナポリタンかミ-トソ-ス位しか知りませんでした。ここでは当時でも本格的なイタリアンが幾つもありました。私の行った店は高級であろうと中級であろうとどこも美味しかったです。
中華:駐在員が行けるような店はそれ程多くはありませんでしたがどこも美味しかったです。
焼肉(日本の薄く切った焼肉でなく網で直接焼くビフテキ):私はある1軒に決めていました。サ-ロインステ-キに野菜と唐辛子で作ったたれを付けて食べます。その大きさと美味しさは今でも忘れられません。小学3年だった娘もフィレの大きなのをペロッと食べていました。
日本食:1軒ありましたが、上述のようにイタリアン、中華、焼肉等美味しいものがありましたのであまり行きませんでした。
非常に少なかったです。ゴルフやテニスもほんの一握りの人に限られていました。駐在員宅で麻雀はしばしば楽しみました。毎週末のように子供を連れて郊外のクラブ制のプ-ルへ泳ぎに行きました。2時間程のドライブで、山の中にあるドイツ人が開拓した町に行くのも楽しみでした。美味しいハムやソ-セ-ジが買えました。「なまけもの」が道路のすぐ上の木にぶらさがっていました。
当国では国が観光地として開発している所は少なかったですが、私達が行った所で良かった1つはコロンビアの国境に近いメリダです。ここは観光地として誇れる所です。ここには世界最長のロ-プウエイ(全長12.6Km)があり、最高地点ピコ・エスペホに着くと目の前に当国の最高峰ピコ・ボリバル(5007m)を眺めることができました。聳えたつ雪山は絶景でした。南米大陸の西海岸に沿ってアンデス山脈が連なっており、5~6千mの山が幾つもありますがその1つです。この長いロ-プウエイは標高でいえば4千m位を登るので確か4箇所中継点がありました。一挙にノンストップで登ると気圧の変化が激し過ぎて体に悪いからです。子供を含め大人でも一部は高山病の現象の頭痛や吐き気で途中の中継点で降りたまま終点まで行けない人がいました。 2つ目は海です。カラカスから西へ4時間位のドライブでカリブ海の沿岸に着きます。海岸近くで無数のフラミンゴがいるのを見ることができました。小さな船で近くの島に渡り海水浴を楽しみましだ。砂浜は白くてきれいな海でした。又、カラカスから東へやはり4時間位のドライブでカリブ海の沿岸に海水浴に行きました。
殆どの医師はアメリカで学んだようです。大きな病院はありませんでしたがしっかりしたクリニックはありました。ある時、医師からある注射の処方を受けて薬局に行きましたら、薬局の若いおにいさんに注射を打たれたのには驚きました。
日本人学校はあります。カラカスは適当な土地を確保するのが難しく非常に遠い所にありました。生徒の家に寄って1時間以上もスク-ルバスに乗って通学という悪い条件でした。もとは、外国人の別荘だったそうで、サソリ、毒蜘蛛、毒蛇がいて親は心配していました。私達が異動する頃には別の所に移動しこれらは改善されたと聞いております。
雨が少なかったのと浄水設備が悪かったので、断水することが非常に多く困りました。日本人は大騒ぎでしたが現地人は案外平気のようでした。これも地域によって差があり、住居選びの1つの条件になります。
さて、次回からは次の赴任国ペルーについてお話したいと思います。
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