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タカシの外資系物語

本部の「えらいさん」がやってくる ! ( その 1 )2003.12.05

「A 銀行提案に関与しているみなさん、本日午後 2 時に本社会議室へ集合のこと !」


朝会社に来てみると、このようなメールが「Urgent ( 緊急・最優先事項 )」の位置づけで送られていました。まったく、こっちの都合も考えずに、困ったもんです。


私はメールを出してきた張本人である、営業課長のイノウエ氏に電話してみました。


私 「あ、もしもし、タカシです。メール見たんですけど、また集まるんですかね ? ついこの間、関係者で集まって方向性決まったと思ってたんですけど ……」


A 銀行への提案については、1 か月後に予定されている A 銀行の役員会に間に合わせるべく、担当を決めて作業を開始していました。つい 3 日ほど前に、全体ミーティングを開いたばかりだったのです。


イノウエ氏 「あ、タカシちゃん、どもども。まぁ、そう言わずにつきあってよ。至急相談したいことがあってさ ……」


イノウエ氏は、日系の某 IT 企業の営業職を経て、半年前にわが社に転職してきました。彼は自分より年下に対してはすべて、「○○ちゃん」と呼びます。日本企業の典型的な営業マンという感じ。


イノウエ氏 「実はさ、AP の会議で US からホワイト氏が来ることになったんだよ。会議だけで帰ってくれりゃいいものを、A 銀行に挨拶に行きたいって言い出してさ ……」


なるほど、こりゃ一大事です。ホワイト氏というのは、私やイノウエ氏が所属する金融部門の、全世界統括マネージャーの 1 人です。AP というのはアジア・パシフィックの略で、日本を含むアジアとオーストラリア地区を指しています。


実は、ホワイト氏が A 銀行訪問を望んでいるのには理由があります。わが社では、ここ 2 年ほどの間、金融機関向けの業務ソフトウェアを開発していました。で、このソフトウェアに関して、日本で真っ先に関心を持ってくれたのが A 銀行のシステム部長だったのです。わが社は A 銀行をファースト・ユーザー ( 日本で最初のユーザー ) とすべく、A 銀行業務要件との Fit & Gap ( 実際の業務とソフトウェアが提供する機能との差がどのくらいあるか調査すること ) を、この半年の間、「ほぼ無料」で行ってきました。


もちろん、無料で調査を実施したのには理由があります。まずは A 銀行にそのソフトを使ってもらうこと、そして A 銀行での使用実績を掲げて、日本の他の金融機関への「横展開」を狙っているのです。


しかし、われわれの目論見とは裏腹に、A 銀行はこのソフトの採用をなかなか決定してくれません。当初の予定では、半年前に A 銀行への導入が決定し、現状では A 銀行以外に 5 社程度の売上を見込んでいましたから、販売計画そのものを見直す必要すら出てきたのです。


それよりも何よりも、これまでに A 銀行のために投資してきた金額は、すでにかなりのものになっています。なんとか投資分だけでも返してもらわねばなりません。で、このソフト開発・販売に関するプロジェクトの統括責任者が、何を隠そうホワイト氏その人というわけなのです。


ホワイト氏にしてみれば、「Japan は一体何をやっとるんじゃ !」てなところでしょう。ここは一発、A 銀行に自ら乗り込んで、ガツンとかましてやろう考えているはずです。


イノウエ氏 「でもさぁ、ここでホワイト氏に変なこと言われちゃさ、こっちの計画が水の泡になっちゃうんだよなーー。タカシちゃんならわかってると思うけど ……」


イノウエ氏の言い分は、痛いほどわかります。私も同じような経験を、幾度となく繰り返してきましたから。


ホワイト氏にしてみれば、「A 銀行の CIO (Chief Information officer :情報システム部門の統括責任者 ) であるシステム部長が、この業務ソフトに興味を持っている。本来は、有料のはずの事前調査 (Fit&Gap) もこちらの費用で実施した。ここまでして、どうして売れないんだ ?」と思っているに違いありません。しかし、この考え方には大きな落とし穴があるのです。


まず、CIO が興味を示したからといって、すぐに採用されるというわけではありません。ホワイト氏は、CIO であるシステム部長と自分がトップ会談をすれば、その場で商談が成立すると思っています。甘い ! 日本の CIO なんてのは、実は名ばかりで、欧米のように大きな権限はありません。億単位の商談ともなると、取締役会での承認が必要となるのが通常です。そもそも、日本の企業では、だれか 1 人の責任で大きな意思決定がなされることは、まずありません。


次に、日本ではソフトウェアやハードウェアには金を払うが、そのために必要な事前調査やコンサルティングにお金をかけるという考え方がありません。「ソフトを買うんだから、コンサルティングはタダにしてよ ! どうせ、元取れるんでしょ ?」と、平然と言われます。A 銀行にしてみれば、わが社が勝手に、頼んでもいない調査を始めたわけですから、知ったこっちゃないというのが正直なところでしょう。そもそも、調査なんぞにお金を払う気など毛頭ありません。一方、欧米では、このような調査やコンサルティングにこそお金がかかるということが、一般に広く理解されています。ここに日本と欧米での大きな差があるのです。


前の会社にいたときもそうでしたが、米国ですばらしい実績を上げ、鳴り物入りで日本に乗り込んできた外国人マネージャーが、日本では全く実績を上げられないケースが多々あります。その大きな理由として、上に書いたような「誤解」「認識不足」が上げられるような気がします。まさに今、ホワイト氏も同じ過ちを繰り返そうとしているわけです。


当然のことながら、日本サイドでも、なんとか A 銀行から受注すべく、いろいろな手を尽くしていました。確かに CIO であるシステム部長の評価は高いのですが、部長の力だけでは他の役員を説得しかねているようでした。特に、難敵は企画部長と経理部長。そこでわれわれ金融部門としては、全く違う話題で企画部長と経理部長に近づき、結果としてソフトの採用につながるように画策していたのです。企画部長には「A 銀行における企業文化の変換:「守り」から「攻め」へ」、経理部長には「A 銀行における間接部門コストの削減」をテーマに、提案書を出すことになっていました。ちなみに、私は後者を担当することになっていました。


これら 2 つの提案とも、かなり激安価格を提示することになっていました。ここで数百万、数千万の赤字を出したところで、別にいいのです。肝心の業務ソフトが売れれば、間違いなく元は取れます。


以上のような状況だったわけですから、今さらホワイト氏にかき回されても困ります。一方で、このような事情をホワイト氏に説明し、理解を求めるのも、かなり骨が折れる作業です。私の経験では、まずもって理解されません。ホワイト氏のようなタイプは、「オレのやり方を見ておけ !」みたいな感じで相手にぶつかっていって、「玉砕」するのがオチです。私は、日本人が欧米の文化や考え方を理解するのも難しいことですが、その逆の方が 10 倍ぐらい難しいと思っています。なんたって、欧米本社の「えらいさん」の大半は、欧米のやり方が一番だと思っているのですから。


しかし、この問題を克服した外資系企業は、日本で成功しています。それらの企業は、欧米幹部自らが日本を理解するというよりは、日本人のスタッフに大きな権限を委譲することでマーケットを拡大してきたのだと思います。つまり、自分の考えが唯一正しい、万国共通なのだと思っていては、世界的に成功することは難しいのです。その国なりの考え方を受け入れ、尊重したところが勝つのです。


1 時 55 分、本社の会議室に行くと、すでに数名の関係者が来ていました。会議室のホワイトボードには、以下のように書かれていました。


- ホワイト氏に、何をしゃべってもらうか ? -


…… この会議、長引きそうですな ……


しばらくすると、会議を招集した張本人、イノウエ氏がやってきました。なんだか、朝に電話したとき以上に困った表情をしています。


イノウエ氏 「いやーーー、困ったよ。さっきホワイト氏からメールが来てさ。 A 銀行との面談のアジェンダが送られてきたんだけど …… 困ったなーー」


イノウエ氏は、ホワイト氏から送られてきた E メールのコピーを出席者に手渡して、頭を抱え込んでいます。どれどれ、なんて書いてあるのかな、と ……


<Meeting Agenda>


1. History and Strategy of US Banks ( アメリカの銀行の歴史と戦略 )


2. History and Strategy of European Banks ( ヨーロッパの銀行の歴史と戦略 )


3. History and Strategy of Japanese Banks ( 日本の銀行の歴史と戦略 )


4. Summary


こ、これは……私も久しぶりに「衝撃」を受けました。これではまるで、大学の金融論か銀行論のゼミ討論会です。


E メールのコピーを見たわれわれも、一言。


「困ったなーーーー ……」

 

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この記事の筆者

奈良タカシ

1968年7月 奈良県生まれ。

大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。10年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。肩書きは、パートナー(役員クラス)。 昨年、うつ病にて半年の休職に至るも、奇跡の復活を遂げる。

みなさん、こんにちは ! 奈良タカシです。あさ出版より『外資流 ! 「タカシの外資系物語」』という本が出版されています。
出版のお話をいただいた当初は、ダイジョブのコラムを編集して掲載すればいいんだろう ・・・ などと安易に考えていたのですが、編集のご担当がそりゃもう厳しい方でして、「半分以上は書き下ろしじゃ ! 」なんて条件が出されたものですから、ヒィヒィ泣きながら(T-T)執筆していました。
結果的には、半分が書き下ろし、すでにコラムとして発表している残りの分についても、発表後にいただいた意見や質問を踏まえ、大幅に加筆・修正しています。 ま、そんな苦労 ( ? ) の甲斐あって、外資系企業に対する自分の考え方を体系化できたと満足しています。

書店にてお手にとっていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
奈良タカシ

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