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タカシの外資系物語

# 279  ■ 繰り返しゲームと外資系


―――― ノーベル賞は「ゲーム理論」 ――――


少し前の話になりますが、本年度のノーベル経済学賞が発表になりました。受賞者はトーマス・シェリング氏とロバート・オーマン氏という大学教授で、 2 人の専門は「ゲーム理論」です(ゲーム理論については、過去のコラムをご参照ください No.150 『外資系とゲーム理論 1 - ナッシュ均衡』  No.151 『外資系とゲーム理論 2 – NIMBY』)。


実は、ゲーム理論は私の大学時代の専攻分野でもありまして、 2 人の名前は何となく知っていました。「何となく ・・・ 」と頼りなさげに言っているのは、 2 人の領域はゲーム理論の中でもかなりの最先端でして、学部レベルの勉強ではなかなかそこまでたどり着かないという情けない裏事情があるからです。 2 人のレベルまでくると、そこで使われている数学が私にとっては結構難解なもので、何となくイメージでしかわからないわけです。


―――― 「コミットメント」とは ? ――――
 


ま、そんなことはいいとして、私がイメージとしてとらえている 2 人の功績を簡単にご紹介しましょう。まず、シェリング教授で有名なのは「Commitment(コミットメント)」という概念です。コミットメントというのは、「ある特定の行動を事前に確約すること」でして、わかりやすく言うとこういうことです。例えば、あなたが営業担当者だとして、顧客から「値引き」を要求されたとしましょう。このとき考えられる手段としては、


( 1 ) 要求に屈して、顧客の言うとおり値引きに応じる


( 2 ) 顧客の値引き要求額と定価のちょうど真ん中ぐらいで妥協するようお願いする


( 3 ) 要求に屈せずに、断固値引きしない


などが考えられると思います。このとき、たとえその商談が失敗しようとも、「何があろうが、私は値引きしない ! 」と事前に宣言しておくことが、「コミットメント」に当たります。値引きしないことをコミットメントすることで、価格交渉にかかる膨大かつ無駄な時間を省略することができます。顧客側にとっても、値引き交渉をしたところで無駄なことがわかっているので、そもそもそのような話になりえないわけです。しかし一方では、自分が提供する商品やサービスに自信がなければ取りえない戦略ではあるともいえます。


逆に、「必ず値引きします ! 」というコミットメントもありえます。「業界最安値 ! ○○社さんと同じ値段まで値引きします ! 」なんていう戦略をとっている家電量販店もありますが、これなどは値引きのコミットメントをしている例です。


コミットメントが多用される分野として、政治や外交が挙げられます。「テロリストには屈しない」「イラクへ自衛隊を派遣する」などの政府方針はいずれもコミットメントの例です。政府としては強い意志を国民に伝えることで、求心力を高める効果があります。また、テロリストなどに対する抑止効果も狙っています。


さて、外資系企業のビジネスにおいても、この「コミットメント」戦略は多用されています。日本のマーケットにおいては、先に述べた「値引きしない」戦略をとる外資系企業が多いように思います。その理由は従来の日本人顧客というのは、「値切るのが当たり前」、「定価などあってないようなものだ」というような感覚があったため、価格交渉に入ると、泥沼化する傾向が強かったことが挙げられます。よく「半値八掛け(定価の半額のさらに 80 % 、つまり定価の 40% )」などと言われますが、いきなり定価の 40% から交渉されたのでは、売り手としてはビジネスにならないわけです。欧米等の本国では、多少の値引きをしたとしても、定価の 40% なんてことはありえません。日本のマーケットにだけ、日本用に割り増しした定価を適用するわけにもいきませんから、外資としては「値引きしない」ことを事前にコミットメントしておくのです。


―――― 「繰り返しゲーム」とは ? ――――


では、日本流の価格交渉というのは、意味のないバカげたことなのでしょうか。それについて理論的な裏づけを与えてくれたのが、もう一人の受賞者、オーマン教授の「繰り返しゲーム」という考え方です。


繰り返しゲームというのは、長期的なつきあいは信頼関係を生み、利害関係のある者同士でも協力・協調ができることを示したものです。例えば、今回の取引では大幅な値引きを実施する代わりに、次回は定価に近い形で購入してもらうといったような関係を繰り返しているうちに、両者に良好な関係が生まれてくるということを言っています。


このようなことは、ずっと昔から知られている、いわば「人間の知恵」みたいなものなので、「フォーク定理」といわれていました (フォーク (folk) とは、民間伝承 (folklore) のこと)。オーマン教授は、それに数学的モデルを適用することで、定理の実証に成功したというわけです。


「コミットメント」が外資的であるのに比べると、この「繰り返しゲーム」の方は、かなり日系的な感じがします。繰り返しゲームの論理では、メーカーと下請けの関係や終身雇用といった、日本に固有の慣習についても、それなりに合理性があることが証明されています。一方では、繰り返しゲームの関係が行き過ぎると、「 0 円入札」に代表されるような極端な状況を招くこともあるので気をつける必要はあるのですが ・・・


―――― バランスが重要 ――――


日本市場から撤退していく多くの外資系企業は、日本の消費者との「繰り返しゲーム」に失敗したといえます。日本市場への参入時、彼らは「コミットメント」戦略をとって、消費者に受け入れられます。しかし、時間の経過とともに、そのコミットメントは陳腐化してきます。次第に、消費者は「繰り返しゲーム」における「交渉」を要求してくるのですが、多くの外資はそれを受け入れることができないのです。その結果、「いろいろと融通が利くから、やっぱり日系の方がいいや ・・・ 」ということになって、外資は市場から駆逐されていくのです。そうならないためには、外資はもっと参入する国のマーケットを研究して、繰り返しゲームに耐える力を身につける必要があります。最初は威勢がいいのですが、その後、何の策も打ち出すことなく撤退していく外資の、なんと多いことか ・・・ 「コミットメント」だけでは、長期間にわたって消費者の心をつかむことはできないということです。


一方で、日系企業に必要なのは、「コミットメント」でしょう。自社のポリシーを明確に打ち出して、その後は得意の繰り返しゲームに持ち込めば、もっと強い日系企業が生まれてくるように思います。


最近のノーベル賞は、理論一辺倒から、実学重視に変わってきました。そんな中で、欧米企業だけでなく、日系企業の経営にも当てはまる研究が脚光を浴びるようになったことは、日本がグローバルの一員になるための一歩といえるような気がしています。

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タカシの外資系物語
奈良タカシ 1968年7月 奈良県生まれ。
大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。3年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。
「タカシの外資系物語」の作者、奈良タカシさんへメッセージをお寄せください。