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タカシの外資系物語

# 180  ■ オレの流儀


「三つ子の魂百まで」ということわざがあります。これは、「幼い頃に身に付けた事柄は、死ぬまで忘れない」という意味ですが、ビジネスの世界でも同じことが当てはまります。それは、新入社員の頃に覚えたことは、いくら転職を繰り返したとしても、なかなか変えることができないということです。


私が「三つ子の魂」を叩き込まれたのは、新卒で入った銀行でした。そこで教え込まれたビジネスマナーや仕事の進め方には、以下のようなものがあります。


* お辞儀の仕方には「軽い会釈」「お礼」「別れの挨拶」など、いくつかの種類があって、それぞれ腰を曲げる角度が違う


* 会議の座る位置はランクにより決まっていて、入る順番もそれに従う


* 社内文書には独特の言葉遣いを用いる


などなど、数え上げたらキリがありません。外資系企業で働いていると、これらのほとんどについては、「そんなもん、どうでもいいじゃねぇか !」と思ってしまいがちなのですが、実は一概にどうでもいいこととも言えないのです。それはなぜでしょうか。


私は、伝統的な日本企業が持っている「しきたり」には、実は 3 種類のものがあると考えています。


( 1 ) どこの企業であろうが、普遍的なもの。いわゆるビジネスの一般常識。


( 2 ) その会社が作り上げた、独特の「文化」のようなもの。


( 3 ) ホントに、どうでもいいもの。


上に書いたように、私が新卒で入社した銀行では、新入行員に対して、お辞儀の「角度」を徹底して教えていました。「こういうときは 45 度で、この場合は 15 度で ……」 当時の私はいたって真面目だったものですから、その角度をノートに書いて、暗記していたように思います。だいたいおわかりだと思いますが、お辞儀の角度などどうでもいいのです。分度器で測りながらお辞儀をするわけでもありません。こんなものは間違いなく (3) です。重要なことは、お辞儀でも会議の席でも、TPO ( Time, Place, Occasion、時・場所・場合にあった方法 ) に応じて、うまくやりなさいよ、ということが言いたいにすぎません。「軽い会釈」をするのだって、相手によっては 45 度ぐらい曲げた方がいい人もいるかもしれません。余談ですが、銀行時代のある先輩は学生時代に体操部にいたせいか、180 度のお辞儀ができました。ほぼ立位体前屈、世界びっくりショーも真っ青です。


また、言葉遣いなどでも、今考えると「おいおい、それどうよ ?」と思うものがたくさんあります。


( 日本の銀行における典型的な面談メモ )


担当 A: ~の件につき、ご担当各位のご意見を頂戴いたしたき候。


担当 B: 本件持ち帰り、至急ご連絡申し上げる。


担当 A: 了。


…… 武士か、わしらは ……


話を元に戻しましょう。「TPO に応じたお辞儀が必要」ということがわかれば、次はその TPO をどのように経験していくかということになります。新入社員は上司や先輩を見ながら仕事を覚えていきます。その上司や先輩だって、同じように覚えていったに違いありません。ですから、この「TPO= 経験」こそ、( 2 ) の要素 ( = その会社ならではの文化 ) というものにつながってきます。


私がいた銀行では、来客が来た場合の席順については、「先方のキーマンを取り囲む形で座るべし」という不文律のしきたりがありました。要はお付の人はどうでもいいので、全員でキーマンを落としにかかるのです。ですから、キーマンが席に着いたとたんに、こちらもバババッとその周囲に座ります。会議が終わってからも同様で、キーマンが出て行く後ろに全員がくっついて、会議室を出ていきます。なんだかおかしな動きをしているように思われるかもしれません。でも、私がいた銀行では、これが普通だったのです。


結局私は 6 年半で銀行を辞めましたが、このやり方だけは、体に染み付いて離れませんでした。外資系企業に転職してからも、顧客との面談では、常にキーマンと思しき人のそばに陣取るようにしていました。そのようにすることで、そのキーマンがどのような話にメモを取り、どんなヒソヒソ話をしているかがわかるのです。最終的なプレゼンをする際に、これらがヒントになることは言うまでもありません。


一方、銀行のときのような面談メモは、ここ数年書いたことがありません。もう済んでしまったことに時間をかけても仕方ありませんし、決まったことだけ箇条書きにして連絡すればいいだけの話です。


このように考えてみると、私は銀行時代に教わったことをベースにしながら、必要なものとそうでないものを取捨選択しながら、自分なりの「流儀」を作ってきたことに気づきます。私の仕事のやり方を「オレ流」と言うなら、そのほとんどは銀行時代に教えてもらったことのような気がします。


一方で、外資系企業に入ってからというもの、そういう「知恵」にめぐり合ったことがありません。確かに武士のような面談メモはばかばかしいのでやめましたが、これとて、時間がかかるからと理由で「自発的に」やめたのであって、だれかに教えてもらったわけではありません。現に、私は外資系企業 2 社目ですが、いずれの会社も、面談メモのスタンダードな書き方というか、「しきたり」みたいなものは一切ありませんでした。すごく要領よく要点をまとめている人もいれば、何が言いたいのかよくわからないレポートを書く人もいます。管理職の中でさえ、そういう人がいるのです。


以上の話から、日系がいい、外資系がいい、というのは何ともいえません。ただ、私は 2 つのことが言えると思っています。1 つめは、若い時代に日系企業を経験しておく方がいいということ。日系企業では、その企業が長い間蓄積してきた「知恵」を徹底して教え込まれます。若いうちは吸収力がありますから、知らず知らずのうちに基本的なビジネスマナーと仕事のやり方を身に付けることができます。外資系企業では、社長が変われば考え方がゴロッと変わってしまいますので、伝統的な「知恵」というよりは、MBA で学ぶような「知識」の方が重視されます。でも、ほとんどの「知識」って、本読めば学べるんですよね。「知恵」はそうはいきません。


2 つめには、これは特に日系企業に勤める人に言えることなのですが、自分の会社の常識が、ビジネス社会の常識だと思ってはいけないということです。日系企業に 10 年も勤めてしまうと、自分の会社のやり方こそが、最も優れたやり方だ、いや優れているとは言わないまでも、普通のやり方なのだ、と思いがちです。ところがどっこい、武士みたいな面談メモほどではないにしても、そういうケースは山ほどあるのです。


重要なことは、「比較して取捨選択する」ということです。外資系企業には、様々な「知恵」や「しきたり」を持った人たちが働いています。そういう環境に身を置くと、「早く仕上げるには、どれが一番いいかな ?」「正確にやるには ?」ってな感じで、絶えず比較をしている自分に気づきます。日系企業で身につけた知恵をベースに、自分なりのやり方を作っていく、これこそが「オレの流儀」となっていくのです。


単一のビジネス環境で通用する考え方 ( = 常識 ) は、もしかしたら非常識なことなのかもしれません。みなさんも、自分の会社だけで出来上がった「オレ流」のやり方を、少しは疑ってみた方がいいのかもしれませんよ。

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奈良タカシ 1968年7月 奈良県生まれ。
大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。3年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。
「タカシの外資系物語」の作者、奈良タカシさんへメッセージをお寄せください。