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タカシの外資系物語

# 152  ■ 社長室のドア


「…… ということで、以上が今後 3 年間の経営方針である。OK! 何か質問があれば受け付けるが ……」


今日は当社のマネージャー・ミーティングです。当社は 5 月末というわけのわからない時期に決算をするのですが、マネージャー・ミーティングに関してはそれに合わせるわけでもなく、社長の気まぐれ ( ? ) で不定期に実施したりしています。本日のスピーチも社長ならではのもの。IT バブルがはじけたこの時期に、かなり強気の収益を見込んでいるようです ( 要は Big Mouth なのですが )。


「やれやれ、今期も Jim に尻をたたかれるなぁ ……」私はブツブツとこぼしていました。


社長 「何か質問はないのか ? Any questions?」


「I have a question of...our firm financial condition...」 おっ ! 同僚の Kevin が会社の財務状況について質問しています。


社長 「OK! Our statement says...( 財務諸表上では …)」


何やら数字の話をしています。前にも書きましたが、( No.47 『英語の重要性 ( 2 ) ( 英語が必要な場面とは ? )』 参照 )
説明スライドのない状況での数字の英語は本当にチンプンカンプン。特に大きな数字は、million とか thousand という風に単位がマチマチなので、桁の感覚が追いつきません。とは言うものの、billion が出てこないところが、当社の哀しいところですが ……


Kevin に続いて、マーケティング部門の John が広告戦略について質問していました。


社長 「OK! Any more questions?」


…… しーーーーーん ……


社長 「OK!?」


…… すぃーーーーーーーん ……


水を打ったような静けさです。私は正直、心の中でこう思っていました。「もういいじゃん、早く終わればいいのに ……」


と、そのときです。社長が寂しげな、いや少し怒っているような顔つきで次のように言ったのです。


「君らなぁ …… 本当に何も聞きたいことがないんだろうな ? 後になってから、『幹部の情報開示が悪い』とか、わけのわからんこと言うなよ !」


「うちの会社ではねぇ、従来からオープン・ドア・ポリシーってのを採用してるんだよ。でもね、ドアがオープンしてるだけではコミュニケーションは何も起こらないんだよ、わかるかね ! 開いているドアから君らが入って来て、いろいろ質問してくれないことには、何を話していいかわからんだろうが ! 私は聞かれていないことは話さないからな、本日は以上 !」


社長は顔を紅潮させて、会議室を後にしました。 社長のスピーチの予定は 60 分、時間はまだ 30 分しかたっていませんでした。


…… しーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん …… 「し、しまったぁ……」特に日本人のマネージャー陣は、しばらくその場から動くことができませんでした。


「オープン・ドア・ポリシー」というのは、物理的にオフィスのドアが無いという意味ではありません。「意見があれば、役職にとらわれず自由に言い合うことが許されている」という意味で、上下関係のない職場を指します。組織が大きくなると、どうしても階層毎、セクション毎の「カベ」を作ってしまいがちです。私が入社した当時 ( 5 年前 ) は 700 人程度だった当社の陣容も、M&A 等を重ねた結果、今年 4 月にはグループ全体で 2000 人を突破していました。急拡大した会社のコミュニケーション不足を少しでもよくしようと、「オープン・ドア・ポリシー」の採用を要求したのは、何を隠そうわれわれマネージャー陣でした。


「こりゃフォローしといた方がいいな ……」 私はすぐさま社長室に向かいました。社長室のドアはわずかに開いており、中からキーボードを打つ音が聞こえてきました。


コンコンッ ! 「失礼します !」


「お ! どうしたタカシ ?」


「あのぅ …… さっきの件なんですけど ……」


「え ? ああ、ちょっと薬が効き過ぎたかな。 いいよいいよ、どうせ日本人はあんなもんだ ……」


社長は半ば諦め顔です。


「でもな、タカシよ。かりにも社長にしゃべらせておいて、何も質問がないなんて失礼じゃないか ?」


…… ご、ごもっともです ……


「いやそれよりも、あんなんじゃ、グローバルの会議じゃ何も発言できないんだよ。あれじゃいつまでたっても Far East ( 極東 ) の一部門の域を出ないんだよなぁ ……」


……( 何も言えまへん )……


「ま、いいや。で、何か用か ?」


「社長、もしお暇なら、飲みに行きましょうか ?」


「ん ?」


「金融のマネージャー連中が、たまには社長にごちそうしたいと待ってるんですよ !」


社長は少し微笑んだようでした。


「聞かれるまで、何もしゃべらんからな」


「結構ですよ」


「これからカンファレンス・コールがあるから、10 時回るぞ ……」


「じゃ、応接で待ってますんで !」


「待ってますんでじゃないよ、仕事しろよ、仕事 ! 」


「はい。それじゃ ……」


「おっと、タカシよ、ちょっと待った !」「はい !」


「そこのドア、全開にしておいてくれないか……」


「は、はい ! わかりました。でも出るときはカギかけてくださいよ。セキュリティに引っかかるから。」


「うるせぇなぁ、早く行け !」


…… 振り返ると、社長はもう電話会議用の資料を広げて、ダイヤルを回し始めていました。


いくら英語のスピーチがうまくたって、やっぱり社長は寂しいんです。そしてこれだけの激務。


なんだかんだ文句を言いながらも、2000 人もの社員がついてくるのは、社長、あなたを信頼しているからなんですよ。くれぐれも、健康には気をつけて、明日からも頑張っていきましょうね、社長 !

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タカシの外資系物語
奈良タカシ 1968年7月 奈良県生まれ。
大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。3年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る ( 外資系2社目 )。
「タカシの外資系物語」の作者、奈良タカシさんへメッセージをお寄せください。