アトランタでの用事を終え、われわれはニューヨーク (NY) に入りました。顧客へのインタビュー等はすでに終了しており、NY では NY 本社の同僚と意見交換をすることを目的としていました。そのためか、「おのぼりさん」気分でかなりリラックスしていました。
NY に入った当日、時刻はもはや夜 8 時を回っていました。
「これからオフィスに行ってもだれもいないだろうね。直接ホテルに行こうか」
今回の出張では、 NY でのホテル予約も含めたアレンジは、 NY で 5 年間働いていたトシに任せていました。
( トシ )「今日泊まるホテルは自信があるんだよ」
彼が自信満々に語っていたホテルの名前は "W"。最近、ニューヨーカーの間で話題になっているホテルだとか。
「これは困ったな ……」
私は一歩足を踏み入れて、少したじろいでしましました。
フロントはまるでディスコかクラブ。大音量のダンスミュージックが鳴り響いています。「黒服」のようなホテルマンともまともに会話できないほどです。何とかという有名デザイナーが設計したらしいのですが、これでは余計疲れが出そうな勢いです。
( トシ )「どう ? すごいでしょ、最先端って感じでしょ ?」
( トシ以外の 4 人 )「ははは ……( 力のない笑い )」
なぜか夕食は、静かな日本食レストランを選んでしまいました。
翌日、同僚とのミーティングもさることながら、私には大きな目的がありました。それは、「グラウンド・ゼロ」を訪れること。昨年 9 月 11 日のテロ事件の被害を受けたワールドトレードセンターの跡地を、どうしてもこの目で見ておきたかったのです。グラウンド・ゼロはオフィスビルが立ち並ぶマンハッタン南部に位置しています。われわれがミーティングしたオフィスからも、歩いて行ける距離にあることはわかっていました。
(John)「Takashi 、今日はこれからどうするんだい ?」
( 私 )「あぁ、グラウンド・ゼロに行ってみようかと思ってるんだけど …… ここから近いんだよね ?」
(John)「え ? あぁ、歩いていけるよ …… じゃ、おれはこれで ……」
私はできることなら John に案内してほしいと思っていました。しかし John はそっけない返事。それを見ていたシンヤ ( 日本人、NY 駐在 ) が、次のように私に言いました。
( シンヤ )「タカシ、グラウンド・ゼロの話は、ネイティブ・ニューヨーカーにはしない方がいいよ。彼らの大半は、心のどこかで、まだあの 『悪夢』 から立ち直れずにいるんだから ……」
私はかなり無神経だったのかもしれません。彼らニューヨーカーにとって、グラウンド・ゼロは強いアメリカが崩壊したという苦い思い出以外の何物でもないのです。ましてや観光名所であるはずもないのです。
( シンヤ )「おれが案内してやるよ。行こう」
私はシンヤに連れられて、グラウンド・ゼロに向かいました。
グラウンド・ゼロに近づくにつれ、周囲の雰囲気が一種独特なものに変わっていくのがわかります。「アイ・ラブ・ニューヨーク」の T シャツを売っている人、賛美歌を歌っている団体、レポーター気取りでハンディ・ビデオを回している人、一心に祈りつづける人 ……
「う、うわっ ……」
私は思わず絶句してしまいました。シートで隠された向こうには、およそ人間がやったとは思えないほどの、広大な土地のへこみが横たわっていました。ふと横を見ると、黒く焼け焦げたビル。そのビルの下で、涙を流しながら写真につぶやいている老婆の姿。私はいたたまれなくなり、「見学用デッキ」にも行かず、その場を立ち去ってしまいました。
「はぁはぁ …… 」少し早足で歩きながら、私はあることに気づきました。それは、グラウンド・ゼロから 2 ブロックも行けば、そこには熾烈な競争社会であるニューヨークが、また顔を出しているということです。
( シンヤ )「怖くても、だれも逃げ出すことなんてできないんだよ。それが NY なんだよ」
実は 9.11. の後、先ほど話をした John も、故郷のオクラホマに引きこもっていたようです。彼の実家は牧場を営んでおり、故郷に帰れば、それなりの生活はできるのです。でも彼は NY に戻ってきました。そう、悪夢の NY へ。
( シンヤ )「タカシさぁ …… おれは John の気持ちがよくわかるんだよ。結局、 NY に戻ってしまう気持ちがね。東京で働くのも、同じようなことだと思うんだ。そして ……」
( タカシ )「そして ? 」
( シンヤ )「外資系企業で働くっていうのも、なんかよく似てるような気がするんだよ。一度踏み入れた限りは、苦しくても、もう引き返せないっていうかさ」
シンヤは非常に曖昧な言い回ししかしなかったのですが、私にはわかるような気がしました。今はまだ、それほど深刻には考えていないのですが、私はもはや日系企業には戻れなくなっているような …… ふと、そんな気がしたのです。
グラウンド・ゼロを訪問して、私が思ったのはこういうことです。数千人に及ぶ死者の霊前で不謹慎なのかもしれませんが、私は少しだけ、私自身を見つめ直すことができたような気がしました。
今晩も、ホテル "W" では大音量が鳴り響いています。 NY は自らの悪夢を呑み込み、また大きく動き出したようです。
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