タカシの外資系物語

# 74  ■ 事件後のメンタルケア ( NY テロ事件 2 )


NY テロの翌日から、私はオフィスに泊り込むことになりました。私は現在、ある邦銀の NY 支店へのシステム導入プロジェクトを手がけており、その対応をする必要があったからです。


プロジェクトメンバーの無事は確認されていましたが、私が何より気がかりだったのは、彼らの「メンタルケア」の問題です。NY オフィスの日本人セクレタリーであるヨシコの話から、彼らの精神的なダメージが相当なものであると聞かされていました。


まず、プロジェクト・マネージャーのエレンは、事件のショックで寝込んでしまったようです。普段から、彼女の「アメリカ信奉」は相当なものでした。「グローバル・スタンダード = アメリカン・スタンダード」とする彼女とは、私自身、よく衝突したものです。しかし今、彼女の目前で「強いアメリカ」が一瞬にして崩壊してしまったのです。彼女と同様に、苦学をして MBA を取得した層ほど、今回の事件での精神的ショックは大きかったようです。


次に、カナダのトロント・オフィスからプロジェクトに参加していた、マネージャーのデイヴが深刻でした。彼は事件当時、世界貿易センターの 2 つの棟にはさまれた、マリオット・ホテルに滞在していました。1 機目の爆発後、すぐにホテルの窓を開けた彼のその目の前を、数十人の「ヒト」が降ってきたそうです。彼はそれ以来、ずっと黙り込んでいるようです。


私は、彼ら 2 人と「対話」を続けることにしました。できることなら、すぐに現地に飛んでいきたかったのですが…。


私は以下のメールを送りました。


"I hope you can feel at ease, soon. Please ask to Tokyo colleagues, if you have any trouble. We can do it for you, as much as we can. Takashi."( 何か困ったことがあれば、東京オフィスが力になります。タカシ )


すぐにエレンから返事が来ました。


"Thank you for your message and for your concern. It will be a very long recovery and rebuilding process. We will keep you posted on the progress of things here."(メッセージありがとう。こちらの回復には時間がかかりそうだわ。何かあれば連絡するから)


その文脈からは、いつものような力強さが感じられませんでした。


数日後、CEO から「Global Aid Team」を設立する旨、連絡がありました。東京オフィスからは、私を含めて 5 人がアサインされました。社内の義援金を集めたりする活動はもちろんですが、もっと重要なことは、上記のように精神的なダメージを受けたスタッフの「メンタルケア」を行うことにあります。要するに、私がエレンやデイヴに行っている「対話」を世界規模で実施するというものです。私はエレンとデイヴ以外に、NY で事故に遭った日系人スタッフ 3 名を担当することになりました。


それから何日かたった朝、エレンから私の携帯に電話が入りました。


( エレン )「Hello! Takashi, are you doing well? ( タカシ、元気 ? )」


( タカシ )「やぁ、エレン。気分はどうだい ? 」


( エレン )「もう完全に回復したわよ。いつまでもメソメソしてられないもの。そうそう、私ね、NY の「Global Aid Team」のヘッドにアサインされたから。確か、タカシもチームの一員のはずね …。毎日私にレポートするのよ、わかった ? 」


やっぱりエレンはこうでなくっちゃ ! 私はアメリカ人の本当の「強さ」を見せつけられたような気がしました。


ショックを受けた NY のみんなが、エレンのように立ち直ってくれることを祈るばかりです。




  • 奈良タカシ
  • 1968年7月奈良県生まれ。
    大学卒業後、某大手銀行に入行したものの、「愛想が悪く、顔がこわい」という理由から、お客様と接する仕事に就かせてもらえず、銀行システム部門のエンジニアとして社会人生活スタート。その後、マーケット部門に異動。金利デリバティブのトレーダーとして、外資系銀行への出向も経験。銀行の海外撤退に伴い退職し、外資系コンサルティング会社に入社。3年前に同業のライバル企業に転職し、現在に至る(外資系2社目)。