
中国とかかわりを持つようになってから 20 年以上が過ぎても、「今聞いて初めて知った」という感慨を覚える事柄は決して珍しいことではありません。最近、そのひとつの例として、「なぜ中国の都市は周囲が城壁で囲まれているのか ? 」という疑問がありました。
これは各都市が異民族の侵入から自己防衛するため、周りに高い壁を築いたもの、と長いあいだ思い込んでいたのですが、ある中国人の友人が「農民が都市に乱入して反乱を起こすことを防ぐためさ」と言っていたのを聞いて、まさに眼からウロコが落ちた印象を受けたのです。つまり歴代王朝が何回交替しても、農村の農民と都市の住民の二大身分制は長らく変わった事がなかったというわけです。都市の政府に不満を持つ貧困農民をたやすく都市に入れてはならない、これが中国社会の伝統的な構図なのかもしれません。
中国語では市内のことを「城里」( ChengLi )、市外地域のことを「外地」( WaiDi )と呼びます。市外から来た人は「外地人」( WaiDiRen )と呼ばれ、農村から都市に出て来る出稼ぎ農民工は、略して「民工」( MinGong )と呼ばれています。
中国の戸籍制度に相当する「戸口」制度でも、国民戸籍は大きく「農業戸口」と「非農業戸口」に分けられ、農村から都市に戸口(戸籍)移転することを「農転非」といいますが、これは従来、非常に困難な現状にありました。出稼ぎ農民たちは都市戸籍がもらえないため、公営住宅に住めず、社会保険も適用されず、子女の公的教育すら受けられないという環境におかれてきました。ほとんどは低賃金肉体労働や家政婦労働、あるいは露天商等を営むしかありません。民工の子供たちが空き地や倉庫などで「民工学校」を開いても、違法行為として公安に取り締まられてしまいます。日本ではちょっと考えられないことですが、今まで中国社会ではこれほど厳然と都市と農村が区別されてきたのです。
これは企業活動においても、特に人事採用面で大きな影響があります。多くの工業団地は地方都市郊外に設置されていることが多いのですが、その場合、都市部に住む優秀な人材を正社員として迎えることに困難が生じます。なぜなら、その人材が都市戸籍を捨てて農村戸籍に移住してしまうと、都市戸籍への復帰が困難になり、社会保険が受けられず、子女の教育にも支障が生じるからです。都市からの通勤が可能であれば良いのですが、それが難しければ企業が準備した社宅に単身赴任ということになり、さらに遠隔地等、最悪の場合は採用を断念せざるを得なくなるケースもでてきます。
それだけでなく、都市から都市への戸籍移転も手続きが煩雑です。中国の社会保険制度は各都市ごとに制定されているため、別の都市へ戸籍を正式移転すると、それまで積み立てた社会保険は切り捨てざるを得ません。政府は、これから中国全土で移転が可能な社会保険口座制度を制定すると発表しています。
このような戸籍問題の対策として、 90 年代以降、多くの都市、開発区、工業団地などでは「臨時戸籍制度」が創設され、一応の対処はなされてきました。また最近では河北省、遼寧省、江蘇省、山東省、四川省、広西省、重慶市など 12 省で農民戸籍と都市戸籍の区別を廃止するなど、旧来の戸口制度に対する根本的な制度改革が徐々に進められています。
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執筆者 筧武雄(かけひ たけお) Profile
中国ビジネス・コンサルタント 1981年 一橋大学卒業 横浜銀行入行。 1984年 北京大学に派遣留学ののち銀行北京事務所開設、初代駐在。 1988年 海外経済協力基金(現・国際協力銀行)派遣出向。 2001年 銀行を退職し、独立。著書、雑誌連載等多数。 http://members.aol.com/ChinaInformation http://blog.explore.ne.jp/kakehi/index.php 主な著書 「中国との付き合い方がマンガで 3 時間でわかる本」 「中国ビジネス<超>成功戦術 252 」 「中国投資マーケティング戦略マップ」 「中国進出失敗・トラブル事例集」 「最新版中国投資・会社設立ガイドブック」(以上、明日香出版社) 「中国ビジネスのツボ」(重化学工業通信社)等 他多数
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