
中国を理解するための三つのキーワード、三点目は「歴史悠久」つまり「悠久の歴史」ということです。中国は有名な世界四大文明のひとつ、黄河文明発祥の地ですが、その最古の人類遺跡は、中国大陸の中央にある湖南省にある城頭山廟遺跡です。その年代は紀元前 6,400 年ということですから、紀元前 3,000 年と言われる四大文明よりはるか以前から中国大陸には人類の祖先が暮らしていたことになります。現在確認されている最古の王朝は「殷鑑遠からず」という諺でも有名な殷王朝(紀元前 1,700 年頃)で、その首都は「商」という名前でした。いかにも中国商人のルーツとしてふさわしいネーミングですね。
日中関係の歴史を語るうえで、「徐福伝説」という逸話をご存知でしょうか。
秦王朝が全土統一した紀元前 221 年、日本はまだ弥生時代でした。その頃、秦の始皇帝が家臣の徐福に命じて、東海の果てにあると言われる「蓬莱島」に 3 千人の男女を派遣し、不老長寿の薬を探しに行かせたという伝説です。一回目、二回目は失敗して戻ってきましたが、三回目の船旅はとうとう戻って来なかったといいます。果たして、徐福船団がたどりついた先はどこの地だったのでしょうか。遼東半島沖の蓬莱島、朝鮮半島、そして日本、と諸説紛々があります。当時の日本にはまだ文字が無かったので、中国のような文書記録は残存しませんが、現実には日本全国各地に徐福を祀った「徐福神社」が多数存在しています。この伝説は長い日中友好の歴史における最初のエピソードとして語られることが多いのですが、この伝説をそのまま信じて、「日本人は大昔、もともと皆中国人だった」と思って疑わない中国人も決して少なくないのです。
さて、中国には古くから儒教や陰陽五行思想にもとづく王朝交代の理論が存在しました。現代風に言えば、皇帝は万能の神様ではなく、天帝が派遣した執行役員、エグゼクティブ・オフィサーにすぎないという考え方で、もしも皇帝が堕落し、王朝が腐敗して徳治が執行できなくなった場合は、天帝が新しい皇帝に命じて新王朝を打ち建てさせるという考え方です。この王朝交代を「天命を革(あらた)める」すなわち「革命」と呼びました。このように天命による必然的な王朝交代の思想を「易姓革命」と呼びます。中国を統一した隋王朝はたった 38 年間の短命に終わりました。世界史で最大最強とも言われる元王朝は蒙古民族が打ち建てた王朝で漢民族を支配しましたが、 100 年程度しか続きませんでした。
その一方で、中国では隋王朝から清王朝まで 1,500 年の長期にわたって「科挙制度」が続き、能力と徳のある人物が試験により選抜されて官僚に昇進していくという社会制度が定着していました。つまり、日本の士農工商やインドのカースト制度のように固定された世襲の身分制ではなかったのです。
一人の皇帝と、その一族が王朝として大陸を絶対的に支配しても(「一君万民」思想)、いつかは必ず天命により王朝は交代するもの、実力と能力のある者が天命を受けて、熾烈な競争に勝ち残って出世していくもの、という伝統的な社会的価値観が中国には存在し、今でも時代を超えて現代中国社会の根底に息づいているのではないでしょうか。
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執筆者 筧武雄(かけひ たけお) Profile
中国ビジネス・コンサルタント 1981年 一橋大学卒業 横浜銀行入行。 1984年 北京大学に派遣留学ののち銀行北京事務所開設、初代駐在。 1988年 海外経済協力基金(現・国際協力銀行)派遣出向。 2001年 銀行を退職し、独立。著書、雑誌連載等多数。 http://members.aol.com/ChinaInformation http://blog.explore.ne.jp/kakehi/index.php 主な著書 「中国との付き合い方がマンガで 3 時間でわかる本」 「中国ビジネス<超>成功戦術 252 」 「中国投資マーケティング戦略マップ」 「中国進出失敗・トラブル事例集」 「最新版中国投資・会社設立ガイドブック」(以上、明日香出版社) 「中国ビジネスのツボ」(重化学工業通信社)等 他多数
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