
前回のコラムでご紹介した中国人女性のその後の状況についてご紹介します。彼女に電話でアドバイスを行い、また、最初の上司に対応を依頼して 10 日ほど経過した頃に彼女に電話をしてみました。電話の声は前回と比べるとかなり明るく、彼女の抱える悩みはかなり改善したのではないかと感じました。
最近の状況を尋ねてみると、「何かが大きく変わったわけではないですが、仕事が忙しくなり、かなり充実した日々を過ごしています」という返事が返ってきました。声の調子から判断しても間違いなく良い方向に向かっていると感じました。
一方、対応をお願いした最初の上司である本社総務部のマネージャーに確認してみると、出張時に確かに彼女と顔を合わせたものの、あまりゆっくり話をすることはできなかったようです。また、工場の管理部門の現在の上司には、彼女の状況を確認しましたが、特に大きな問題は無いという返事であったようです。
前回のコラムでは彼女の悩みの原因を、本人と上司・同僚の双方にあるのではないかと推定しましたが、上司・同僚は彼女が外国人であるという理由で特別扱いをしていることは無かったようです。どうやら、彼女自身の心の問題、具体的には「日本企業での経験不足によるストレス」や「自分が日本人の中に一人で居る外国人である」という意識が必要以上に強かったことが原因のようです。どうも、私の心配は杞憂であったようです。
今後、また新しい問題に直面することもあるでしょうが、その時は早めに私に相談してくれれば良いなと思います。
余談ですが、本社総務部のマネージャーによると、彼女が毎週提出してくる中国人研修生の受入に関するレポートは大変良くできており、感心しているとのことでした。
次にご紹介するのは今年の 3 月に地方の某国立大学の博士課程を修了し、通信機器の製造・販売を行う会社にソフトウェアエンジニアとして就職した中国人男性です。中国の大学を卒業して金融機関に SE として就職、その後、中国の大学の講師になったという、少し変わった経歴の持ち主です。その後、日本の中部地方の国立大学に留学して修士課程、博士前期課程を修了しました。大学院での専攻は、情報セキュリティ、暗号化、マン・マシンインターフェイス等です。
しばらく連絡をとっていなかったので、ある日の夜 9 時過ぎに電話をしたところ、彼はまだ会社にいて残業をしていました。即戦力として期待されて入社しましたが、半年が経過してどのような状況であるかを尋ねてみました。
彼は「ソフトウェア開発の仕事自体はそれほど難しくなく、殆ど問題はありません。でも、日本語の問題で少し苦労しています」と言っていました。
ソフトウェアに関する基本的な知識は十分に有り、 SE としての業務経験もあることからソフトウェアエンジニアとしての仕事に関しては全く問題が無いようです。私は彼の三度の面接に立会い、最終面接の後は一緒に食事もしていますが、日本語の日常会話についても殆ど問題は有りませんでした。
そんな彼でも、いざ日本語を書くとなると苦労をしていると聞き、「外国語である日本語をきちんと書けるようになるには相当な時間を要する」ということを改めて感じました。
私の経験では、外国語を書く力を向上するには、日本人の誰かに添削してもらうのが最も効果的なのですが、本人も同僚・上司もかなり忙しく、それを行う時間的余裕が無いようです。それでも僅かな時間を見つけて繰り返し練習する以外に上達の方法は無いのかもしれません。
現時点では「業務関係の資料を日本語で書く」こと意外に大きな問題は無いようですが、近いうちに本人と上司に直接会って、他の問題の有無や今後の課題についての話を聞かせてもらおうと考えています。
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執筆者 天田 恭司 Profile 1980年 一橋大学社会学部卒業、日本電気株式会社(NEC)入社。人事第二部海外人事課などを経て、1988年 初代の北京人事総務駐在として北京駐在員事務所に赴任。1994年に帰国、人材開発部国際人事部人事課長、NECラーニング株式会社の経営研修本部グループマネージャーなどを歴任。 中国勤務経験を活かすべく、2006年に株式会社国際交流センターに転職。営業推進部長として既存事業の新規顧客開拓を行う営業全体を統括する傍ら、中国人材活用ビジネスの立ち上げも受け持つ。本コラムでは、日本企業に直接ヒアリングを行える立場から、企業のリアルな本音やニーズを紹介していく予定。 ■ コラムに関するご意見・質問・転職体験談はこちらへお送り下さい ! Mail to: marketing@daijob.com |
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